自我と自己

無意識の構造(河合隼雄)より

自我とは意識、意志のこと。「よし!これをしよう!」と何かを決意するときはこれが働いている。理性。多分ヒトしか持ってない。

自己とは無意識のこと。何も考えなくても口に物を入れれば咀嚼がされるしスマホを持てば指が動くし息もするし心臓も動く。定められたプロセスを自動実行するさながらシステム。動物もウイルスも宇宙もみんな持ってる。

無意識には個人的なものと普遍的なものとがある。普遍的なものはヒト全体で共有しているような気がするから超強い。ヒトの数だけパワーが強くなる。

そんな自己にたかが一個人のものでしかない自我が勝てるわけない。たとえ世界のすべての人を敵に回しても君を愛してる状態。いや無理。愛は儚い。

やらなくちゃいけないことができないのは、やらなくちゃいけないと思ってるのは自我で、自己はまったくそう思ってないから。弱々の自我がいくら叫んでも世界そのものともいえる自己に届くわけがない。かくして今日も人間はやりたくない仕事や家事を明日の自分に押し付ける。

しかしながら社会は自我の集合体みたいなものだから、その中で過ごせばどうしても自我優位にさせられる。仕事も家事も嫌々やる。えらい。まあ弱々な自我はすぐ駄々をこね何もしたくないモードに入るのだけど。朝起きられなくて遅刻するし部屋はゴミ箱まっしぐら。と思ったら反動で動きすぎる。暴飲暴食ギャンブル上等。

自己優位でいるにはどうすればいいか。
方法はたった一つで、弱々のくせに無駄に声が大きい自我を綺麗さっぱり焼き尽くすこと。自我がなければ自動的に自己由来の行動が実行される。

自我を焼き尽くす方法は釈迦がとっくの昔、2500年前に見出してくださってるのでそちらで。色即是空。空即是色。

ちなみにこの文を書くきっかけになったのは晩ごはんを食べているとき。ふと「あれ?自分の身体、全然自分の意志で動いてなくね?」と思ったこと。何も考えなくてもお箸を持ってお茶碗持ってお豆腐にお醤油つけて食べて咀嚼してたんだもの。逆に頭で考えて身体を動かそうとしても全然どうしたらいいかわからなかった。びっくりした。そしてそのまま自己に身を任せて食べてたらある瞬間に自己の「ふう!お腹いっぱい!」って声が聞こえたのよ。いつもより全然少食なのにめっちゃ満足感。その間自我は完全消滅。これぞ自己を習うということは自我を忘るることなり。

なおこの文は自己が殴り書き、自我が校正を行いました。これぞ自己の統合。おめでとう。君も今日からブッダだ!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?