あなたに平和が訪れる 禅的生活のすすめ

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幸福の基盤である気づきとは、自分が何を考え、何をしているかを立ち止まって認識することです。
自分の思考や言葉や行動に自覚的であればあるほど、集中力が養われ、自他の苦しみの本質が見抜けます。その洞察から、まわりと調和して安らかに生きるためには何をすればよいか、何をしてはいけないかがわかります。
この気づきの力を養うための重要な実践が「意識的な呼吸」と「意識的な歩行」なのです。

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慈愛をもって深く耳を傾け、慈愛をもって穏やかに話す。
そのためには自分の中の泥…苦しみや怒りを認め、気づきによって、それらを蓮の花…慈愛に変えておく必要があります。

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私たちの体の各細胞には、仏陀をはじめ私たちのあらゆる精神上の祖先と血縁上の祖先がもっていた、才能と、知恵と、善良さと、幸せのすべてが入り込んでいます。
どうか自分の仏性を信じることを忘れないでください。

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菩提心を起こすとは、目覚めたい、自分の苦しみを哀れみに変え、菩薩(大いなる哀れみをもつ人)としてすべての生き物のために尽くしたいと、心の底から願うことです。
どうか、この誓願を自分のために立ててください。

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愛の心をもって抗議しなければなりません。

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「五つの気づきの訓練」は自分の思考と行動をつねに意識的でいられるようにし、平和の精神を日常生活に取り入れるための明快で実際的な方法です。
生命に敬意を払う。寛容になる。性的責任を果たす。深く耳を傾け、愛をこめて話す。意識的な消費をする。

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私は自分の怒りに気づいている。全力を尽くして自分を落ち着かせようとしている。自分の怒りを受け止め怒りの原因を深く見つめようとしている。私は自分の怒りやいらだちを言葉や行動に表したくない。
それにはあなたの支えと助けが必要だ。

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自分の吸う息、吐く息に意識を集中して、体と心を一つにすれば、私はその場所、その瞬間に真に存在できます。
自分が真に存在していれば、同時に、相手もそこに存在させることになります。
私とあなたが真に存在していれば、そのことが一つの奇跡であることがわかり、また、それはお互いを愛するということなのです。

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気づくたびに、私たちは体をくつろがせ、我に返ることができます。
そして私たちの前に存在している多くの生命の不思議にあらためて気づき、自分が生きている事実をありがたく受けとめます。

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何かを美しい善いものだと、信じて従うに値する本当のものだと思えているかぎり、それはあなたの人生において神と同等のものです。

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「五つの熟考」
この食物は宇宙全体からの贈り物で、大地、空、無数の愛のこもった労働がこれをくれました。
私たちがこの食物を受けとるにふさわしくなるように、気づきながら生き、食べることができますように。
私たちが未熟な精神状態を改めて、謙虚に食べることを覚えられますように。
私たちに栄養を与え、病を防ぐ食物だけを取れますように。
私たちは理解と愛の道を認識するためにこの食物を受けとります。

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自己という牢獄からの解放

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私たちは相互にあり、互いに結びついているという真実を知って受け入れること。幸せは個人の問題ではないということを認識しなくてはなりません。

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欲望にとらわれると、人々はいっさいの自由を失う。

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愛と哀れみの実践を怠ってはいけません。子供たちを愛し、世界中の人々をサンガの一員と同じように愛さなくてはなりません。自分の時間をすべて自分だけの関心事に費やしてはなりません。いくつかの扉と窓を世界中の苦しみに向けて開いておかなくてはなりません。
これは私たち自身のためです。

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あなたがすべての人を無差別に受け入れることを実践すれば、たとえどんなに苦しいときでも、あなたの中に差別や怒りは生じてきません。

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自分自身を理解できなければ、相手を理解することもできません。

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和平の秘訣は、相手に思っていることをすべて話させる機会を与える、それだけを目的として相手の話を聞くことです。
しかし、哀れみを保つための意識的な呼吸を実践していなければ、自分自身が心を乱されます。いらだちや怒りが生じてくれば、相手もそれに気づいて、もう話を続けられなくなります。
自分の意識を保っておくことが自分を守るのです。

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私にとっての神の国は、苦しみや暴力のないところではありません。私にとっての神の国は、哀れみと理解と愛があるところです。

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未来を成り立たせている唯一の実質は、現在です。その現在の瞬間を大切にしているのなら、どうして未来を心配する必要があるでしょう?

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自分が苦しんでいるときやショックに圧倒されているときは、何もするべきではなく、何も言うべきではないと思います。

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