38歳不妊治療 体外受精→妊娠→流産09

胎児の心拍は止まっていた。ほんとうなら2cmくらいの大きさに育っていないといけないのに、前回の8mmから、5mmになってしまっているという。「前回の診察のあと、すぐに成長が止まったんだと思います」。N先生がそう言う。胎のうが結構大きいので、出血量が多いことが考えられる。自然流産を待たずに、手術で掻爬した方がよい。

自分の顔から、血の気がひいていることが分かった。いや、ほんとうは、最初に経膣プロープを入れ、モニターにぼんやりしたものしか写らなかったときから、私は蒼白だったと思う。

ちゃんと受精し、きれいに分割する、いい卵ができていること。ちゃんと着床する、妊娠できる体であること。それが今回分かりました、とN先生が言う。夏にチョコレート嚢腫を取って、妊娠の確率も上がっていると考えられるし、次に向けて前向きに。

分かっている。言われていることの意味は分かっている。でも、受け止められるかどうかは別の話だった。私はまだ、たった1週間まえに見た、元気な心拍を思い出していた。

手術の日程を決め、内診台を下りて着替えに向かおうとする私に「手術の前に、もう一度しっかりと状態を確認します」「そのときに心拍が再確認できた例もありますから」とN先生が告げる。妊娠が分かったときの台詞が「まだ油断できない、注意して経過を見ていく」というものだったのに、こんなときに「心拍が再確認できた例がある」? この先生は、なんて残酷なことを口にするんだろう。そんなものは希少例だと分かっていても、それでも聞いてしまえば期待をかけてしまうじゃないか。心拍復活を期待し、そしてその期待を自ら打ち消しながら、手術の日を待てというのか。それはまるで呪いだった。

病院では涙をこらえることができた。昼を過ぎていた。自分のために食事が用意できるとは思わず、帰りに食事にも寄った。味がしないのかな…とひとごとみたいに思ったが、普通に美味しく食べた。自宅に向かって運転を始めてから、ぱたぱたと涙が落ちてきた。喉の奥がぐっと詰まることもなく、目の奥が熱くなることもなく、ただ、涙だけが落ちた。視界がにじむ前に滴になって落ちるので、運転は支障なくできた。食事も運転も支障なくできている自分のことが、ひたすら悲しかった。


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