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花の宿 ―礼文島夏の旅

                            
礼文島は東と西で自然環境が異なる不思議な島である。
東側から中央にかけては森林があるが、西側斜面には高い木が生えていない。起伏のある広い草原が連なり、断崖絶壁も含む急斜面が紺碧の海へと落ち込んでいる。

ゴロタ岬そばの西側斜面

冬の風が西側に強く吹き付け、斜面の積雪は吹き飛ばされて地面が凍結する。そのため高い木やササは根付かないのだそうだ。寒さに強い高山植物だけが生き残ることとなった。おかげで、私たちは真っ青な海を背景に、次々と現れる高山の花々を楽しむことができる。そのため「花の浮島」と呼ばれる日本最北の離島なのだ。少し南には利尻島が浮かんでいる。


野の花が好きな友人と二人、二日間トレッキングをした。圧巻は明るい西側斜面に群生するレブンウスユキソウだった。白い花びらのように見える苞が星形に広がり、真ん中に5ミリくらいの小さなポンポンのような花がいくつかまとまっている。花全体が白い綿雪をかぶったようにうっすらやわらかな毛に包まれている。

綿雪をかぶったようなレブンウスユキソウ

この花の仲間には高校生の頃、東北でのたいへんきつい山旅で出会ったことがある。雨の中、もういやだと泣かんばかりの気持ちで、前の友人の足元だけ見て歩いていたら、その足元に風雨に揺れる小さな白い花が咲いていた。その花の薄雪の優しさが染み入ってきたのを覚えている。今回のレブンウスユキソウはそのときのより大ぶりでほわほわとした毛もあたたかそうだ。光をいっぱいに浴びて海へと続く斜面の高みで風に吹かれている。風の似合う花である。

海に落ちる西側斜面にウスユキソウの群生地がある

礼文の旅の終わりは香深の「はな心」という民宿だった。一部屋一部屋花の名前がつき、廊下には水彩画がいくつもかけられている。聞けば地元の作家さんの作品だそうだ。色々な花の群落が明るい色彩で描かれている。流れるような筆致が楽しげで花が踊り出しそうだ。民宿の新館を作るにあたって描いてもらったと語る女将さんの口調は、決して過剰ではなかったが、通り一遍でない熱い思いが込められていた。

カラフトゲンゲ 鮮やかな花々が風に揺れているかのように描かれていた


夕方、物静かな感じのご主人は黒ぶちメガネの奥の目を細めて「皆さんはほんとにラッキーですよ」と言う。今夜は海に浮かぶ利尻岳の後ろから月が出るそうだ。ご主人もカメラをかまえてスタンバイするとのこと。客へのサービスとしての情報提供ばかりではない。自分自身も礼文の自然を慈しんでいる感じが伝わってきた。その夜見た月光に照らされた利尻岳はあまりに神々しく、忘れ得ぬ絶景となった。
 礼文島に咲く花々は唯一無二の自然環境によって育まれてきた宝だ。それらを愛する住む人の心に触れるとき旅もまた生き生きと色づくのである。


※去年の礼文島の旅を短い紀行文にまとめてみました。
 先日まで半年間受講していた「宣伝会議 編集・ライター養成講座」の課題で書いたのを瀬戸山玄先生のアドバイスを受けて、少し修正しています。    
                                        


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