みずほ銀行ATM障害に関するいくつかの仮説 性急なデジタル化が顕在化した「2025年の崖」

 みずほ銀行ATMトラブルの背景・要因については、時事通信「デジタル通帳」移行が一因 2月末のATM障害――みずほ銀」が要領よくポイントをまとめています。なぜ「デジタル通帳」化を進めたかについては、朝日新聞「みずほATM障害に印紙税の影 避けられなかった年度末」が参考になります。

 資本金1兆4千億円、純利益4485億円(2020年3月期)のメガバンクが24億円の印紙税を節減しようとしたのが本当だとしたら、あまりにもケチくさい話です。「オレたちのカネで商売しているくせに」というのが庶民感覚でしょうし、その背景にマイナス金利で市中金融機関の経営陣に危機感を煽った政府・日銀の施策があるのかもしれません。そのあたりは筆者の担当外ですので、あくまでも個人的な感想ということで。

 トラブルが発生した直後から、IT専門家のなかから「デジタル化を急ぎすぎたのではないか」という声が聞かれました。旧来型(メインフレームによるバッチ/オンライン混在の集中処理)から21世紀型デジタル処理への転換(DX:デジタルトランスフォーメーションと言い換えていいかもしれません)の過程で生じたひずみがATMトラブルとなって顕在化した、という見方です。

 そのことは後述するとして、目先の話として

1.トリガーとなった定期預金のデータ移行におけるメモリー不足(オーバーフロー)について

(1)必要なメモリーの容量が「想定外」に大きかったという説明は、データ移行作業の常識と照らしわせると非常識と言わざるを得ない。

(2)メモリーの価格を考えると「そこを節約してどうする」というのが正直な感想。

2.定期預金システムのトラブル(異常停止)がATMの全面停止につながった件について

(1)金融、防衛、航空・鉄道、医療、エネルギー(原発、電力)、化学プラント(石油、薬物)などシステムの停止が深刻な問題を引き起こすリスクがある場合、データ移行やプログラム改修は1、2、3、4月を避けるのが一般的。営業日が平月と比べて少ないうえ、年替り、年度替りの時期はアクセスが集中するため。

(2)仮にどうしてもやらなければならなかったとしても、稼働中のシステムに影響しないよう、定期預金管理システムを切り離してデータ移行作業を実施するのが一般的なやり方。システムトラブル対策を講じないまま本番環境でデータ移行を実施したとすれば、システム運用のイロハが分かっていないとしか言えない。

(3)みずほ銀行の統合システム「MINORI」はハブ&スポークの構造を採用している。全体を管理するハブシステムがパンクしたわけではないのにATMが全面停止したのはハブ&スポークの長所が生かされていなかった証拠。定期預金システムのスポークを遮断して、ATMの画面に「現在、定期預金はご利用いただけません」と表示すすれば済んだ話ではないか。

(4)定期預金システムのトラブルなのにATMと勘定系システムのラインを遮断したのは、システム運用におけるトラブル対応の設計ミスと言えそう。

(5)ハブ&スポークの長所が生かされていないとすると、同じようなトラブルが再発する可能性がある。

(6)挿入した通帳、キャッシュカードがATMに取り込まれて戻ってこなかったのは、ATM装置のリスク管理機能が「正常」に動作したことを意味する。しかし預金者(顧客)サービスという観点では別の議論があるところ。

3.2019年にMINORIが稼働したとき「最新のシステム設計」と喧伝されたことについて

(1)ハブ&スポークの考え方は、フェデラル・エクスプレス(フェデックス)の創業者であるフレデリック・スミス氏(1944~)が学生のときに考案した大規模物流の方式。従って決して「最新」ではない。

 注:拠点ごとに荷物を仕分けして相互に輸送するのでなく、センターに集約し一括して仕分けすれば物流が簡素化できる。例えば6拠点を相互に結ぶ物流ラインは15本必要だが、ハブ&スポーク方式だとセンターと拠点を結ぶ6本で済む(大和物流のホームページ「用語集」から)。この効果が認められて物流業界では標準の方式となっており、「ハブ空港」という言葉が派生した。

国内の都市銀行では2002年1月、三和銀行と東海銀行が合併して誕生したUFJ銀行が2行のシステム統合に採用(システム統合のメイン・コントラクターは日立製作所、サブは日本IBM)。

(2)「最新」だったのはMINORIを設計した2011年時点の話。当時は「最新アーキテクチャ」だったかもしれないが、10年経てば「中古」という認識が必要。

(3)MINORIは9年間に約4千億円、外部のITベンダー約1千社という多重下請け構造で構築された。アーキテクチャは「最新」でも、構築手法や構築プロセスは完全に旧時代型。そのためみずほ銀行がシステム全体を把握しているのか、部分改修が全体にどのような影響を及ぼすかを的確に予測・対応できるのか疑問がある。「最新」を維持していく体制がたいせつ。

4.デジタル通帳/デジタル化を急いだ無理があったのではないか、について

(1)デジタルトランスフォーメーション(DX)イコール「デジタル化」という誤解がなかったか。紙の通帳をデジタル化すれば銀行のコストは削減できるが、預金者の利便性や銀行への安心・信頼感は置き去りにされる可能性がある。

(2)入出金・振込み・振替など勘定系の大量データ処理をバッチからオンラインに切り替えないとネットバンクは実現しない。MINORIはいまだにバッチ処理を多く残していて、デジタル化を進める前提が整っていなかったように思われる。

(3)いずれにせよ24億円の印紙税を節減するため、年度切替え前(年度末まで)に通帳のデジタル化を急いだのは理解できない。

(4)旧来システムを温存して情報系、フロント系のWeb化を進める手法もある。従業員や顧客のデジタル体験(Digital Experience)を業務の改革(Digital Exchange)につなげ、最終的にステークホルダー(経営者、従業員、取引先、顧客、株主、一般消費者)の認識を変えていく。日本型DXを追求すべきではないか。

上記(4)と併せ、性急なデジタル化が顕在化した「2025年の崖」、つまり「DXのワナ」といっていいのではないかというのが筆者の感想です。


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