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【弁護士・佃克彦_2021年9月11日論稿】労働事件と名誉毀損

本稿では、労働者が就業の過程や労働事件を遂行する過程で名誉毀損の責任を問われる事例について裁判例を検討した結果を報告する。

1 基本的な名誉毀損法理


本題に入る前に、基本的な名誉毀損法理について確認をしておきたい。

民事の名誉毀損事件の場合、特定の言論が“そもそも名誉毀損にあたるのか”から争われるのが普通であるが、多くの事件では、抗弁の成否、即ち、「真実性・真実相当性の法理」と「公正な論評の法理」の成否が主戦場になる。この2つの抗弁は、最3小判平9.9.9(民集51巻8号3804頁)によって次の通り余すところなく語られている。


「事実を摘示しての名誉毀損にあっては、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、摘示された事実がその重要な部分について真実であることの証明があったときには、右行為には違法性がなく、仮に右事実が真実であることの証明がないときにも、行為者において右事実を真実と信ずるについて相当の理由があれば、その故意又は過失は否定される」


「ある事実を基礎としての意見ないし論評の表明による名誉毀損にあっては、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、右意見ないし論評の前提としている事実が重要な部分について真実であることの証明があったときには、人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り、右行為は違法性を欠くものというべきである…。そして、仮に右意見ないし論評の前提としている事実が真実であることの証明がないときにも、事実を摘示しての名誉毀損における場合と対比すると、行為者において右事実を真実と信ずるについて相当の理由があれば、その故意又は過失は否定されると解するのが相当である。」

上記aの説示部分は、事実摘示による名誉毀損の場合に妥当する免責法理(抗弁)であり、一般に「真実性・真実相当性の法理」といわれている。また上記bの説示部分は、論評による名誉毀損の場合の免責法理であり、「公正な論評の法理」と呼ばれることが多い。民事の名誉毀損事件は、ほとんどがこの抗弁の成否の争いに当事者のエネルギーが注がれていると言ってもよいだろう。

2 労働者の提訴会見


さて本題に入ろう。まずは労働者の提訴会見の問題。

労働者が労働事件の訴訟(不当解雇等を争う民事訴訟など)を提起した際に、記者会見をすることがある。その記者会見の場において、労働者が会社の不当な行為等を縷々説明した場合に、労働者のその発言が、会社の名誉を毀損するものだとして会社から労働者が反対に訴えられることもあり、そのような事態に至ったときに、どのような点が問題となるのかを考察したい。

このように会社が労働者を反対に訴えるケースは、よくあるパターンとしては、本体となる労働事件に対する反訴として提起される場合や、あるいは、本体となる労働事件が労働者の敗訴で終わった後に、会社側が遡って(嵩にかかって?)労働者の提訴時の会見を問題にしてくる場合がある。

  1. 労働者の提訴会見の場合、会見者が労働者であるとか、取り上げた事件が労働事件であるとか、あるいは、名誉毀損が訴訟に関連したものであるというような事情は特段考慮されることはなく、通常の名誉毀損事案として扱われるのが普通である。即ち、上記のような事情を主張してもそのことが労働者に有利に働くわけではなく、1で確認した通常の一般的な免責法理(抗弁)の成否の問題として扱われるということである。

    労働事件の紛争解決にとり、提訴会見は、不可欠であるとか必要性が高いというような事情はあまり考えられないので、裁判所も、労働者に対し、通常の一般的な免責法理以上の保護はしないのであろう。

    例えば、東京高判令元.11.28(労判1215号5頁)は、

    「報道機関に対する記者会見は、弁論主義が適用される民事訴訟手続における主張、立証とは異なり、一方的に報道機関に情報を提供するものであり、相手方の反論の機会も保障されているわけではないから、記者会見における発言によって摘示した事実が、訴訟の相手方の社会的評価を低下させるものであった場合には、名誉毀損、信用毀損の不法行為が成立する余地がある。」

    と説示した上で、その後に真実性・真実相当性の法理の規範を適用し、通常の名誉毀損事件と変わらない扱いをしている。

  2. 提訴会見に関し、1つ参考となる裁判例を挙げておきたい。東京地判平成30.9.11(労判1195号28頁)である。この判決(「原告」が労働者)は、

    「〔会見における発言〕は、その内容自体及び発言がされた場に照らせ
    ば、いずれも一般に原告が…本訴においてその旨主張しているとの事実を摘示したと理解されるものであって、被告代表者らが上記行為をしたとの事実を摘示したものではないというべきである。すなわち、本件発言は、本件記者会見に出席した報道関係者あるいは同人らによる報道を見聞した一般人において、甲事件本訴における原告の認識のみを元にした主張や同事件に係る事実経過に対する原告の感想や所見を述べたものと理解されるにとどまるものであって、これが訴訟の一方当事者の一方的な言い分と受け止められるべきものであることは明らかである。したがって、本件発言がそれのみによって被告の名誉や信用が毀損される行為であるとは認められない。」

    として、会見時の発言にそもそも名誉毀損性がないとした。

    この件は、提訴会見における提訴者(労働者)の発言が、訴訟における一方当事者の発言として受けとめられるに止まり、それを聞いた者に鵜呑みにされるようなことはなく、よって会社側の社会的評価は下がらなかった、という判断である。もちろん、“提訴会見における発言であればおよそ『一方当事者の発言』として聞かれるので名誉毀損性はない”などという一般論があるわけではなく、この地裁判決は当該事案における個別の事実認定の結果なのであるが、この判決は、提訴会見において留意すべき点をよく表わしていて参考になると思う。即ち、提訴会見をするにあたっては、記者に対し、“これはあくまでもこちら側の言い分である”というニュアンスをきちんと伝えることが肝要だということである。

  3. さて、ここでひとつ“頭の体操”をしておきたい。提訴者(労働者)が会見場で、“これはあくまでも原告の主張である”というニュアンスを貫いたにも拘わらず、それを報じたマスメディアが言葉足らずであったために、あたかも原告の主張が真実であるかのように世間に伝わり名誉毀損となってしまった場合、提訴者(労働者)の責任をいかに解するべきか。

    この場合、会見場における提訴者の発言と、生じた名誉毀損の結果(=言葉足らずで報道された内容)との間には相当因果関係がないことになり、よって、提訴者には責任はないことになろう。

    しかしそのように責任を免れることができるためには、会見場における自分(提訴者)の発言が“あくまでも自分の主張である”というニュアンスに止まっていたことを訴訟上立証できなければければならず、したがって、提訴会見をする労働者としては、安全を期するためには、会見時の発言は録音をして証拠保全をしておいた方がよいということになろう。

3 名誉毀損を理由とする懲戒


次に、労働者が、会社の名誉を毀損したとして懲戒処分を受ける事態となった場合の問題について検討する。

労働者が当該処分を不当だと思うのであればその処分の無効を主張することとなろうが、“名誉毀損を理由とする懲戒処分”の場合、“名誉毀損の不法行為責任”の場合と、裁判所の依って立つ規範は異なるのであろうか。

この点、裁判例を見てみると、名誉毀損を理由とする懲戒処分の場合、事案によって、裁判所の提示する規範はバラバラであるように見受けられる。判決の理由は、個別の事案について“妥当な結論”に導くための説示をどうするかという問題であるため、事案によって説示(即ち、依って立つ規範)もバラバラになるのであろう。しかし、説示としてはバラバラであっても、個々の判断の過程に“裁判所の発想”がよく見えるものもあるので、以下、参考になる裁判例を挙げてみたい。

  1. まずは東京地判平成14.3.25(労判827号91頁)である。
    これは、日本経済新聞の記者が、個人で開設したウェブサイトにおいて、社内における自身の体験や会社に対する批判を掲載して公表し、その行為が、

    「会社の経営方針あるいは編集方針を害する行為」
    「会社の機密を漏らす行為」
    「流言をする行為」

    という懲戒事由にあたるとして出勤停止の懲戒処分を受けたという事案である。訴訟ではこの懲戒処分の有効性が争われた。個人で開設したウェブサイトに書き込みをして公表する行為は当該個人の私生活上の行為であり、訴訟では、私生活上の行為でも懲戒処分の対象となるのかが問題となった。この点につき判決は、

    「企業の秩序維持とは何らの関連性を有しない労働者の個人的な行為を対象として、懲戒権を行使することは許されないものと解されるが、労働者の私生活上の行為であっても、その行為が労働者の企業における職務に密接に関連するなど、企業秩序維持の観点から許されない行為と認められる場合には、なお企業秩序遵守義務に違反する行為として懲戒処分の対象とすることができる」

    とした。会社に対する名誉毀損行為が会社の業務であるということは通常考えられず、労働者の個人的な行為である。会社の名誉を毀損する行為について会社のコントロールが一切及ばないというのはおかしな話であり、よって、上記の説示は、ある意味で当然といえよう。

  2. 次に、大坂地判平成12.4.17(労判790号44頁)を見てみる。
    この件は、三和銀行の銀行員が、三和銀行の経営姿勢や労働環境の実態を批判する書籍を公刊した行為につき、就業規則の定める

    「会社の名誉または信用を傷つけたとき」

    という懲戒事由に該当するとして戒告処分を受けたという事案であり、訴訟では戒告処分の有効性が争われた。判決は、当該書籍がその内容において上記の懲戒事由にあたることは認めつつ、

    「形式的には懲戒事由に該当するとしても、主として労働条件の改善等を目的とする出版物については、当該記載が真実である場合、真実と信じる相当の理由がある場合、あるいは労働者の使用者に対する批判行為として正当な行為と評価されるものについてまで、これを懲戒の対象とするのは相当でなく、かかる事由が認められる場合には、これを懲戒処分の対象とすることは懲戒権の濫用となるものである」

    とした。即ち、「主として労働条件の改善等を目的とする出版物」と認められるものであれば、

    a 当該記載の真実性
    b 真実相当性
    c 批判としての正当性

    のいずれかが認められる限り、その懲戒は濫用となるというのである。
    この判決は、あてはめの場面において、cの衡量事由につき、かなり緩やかに「正当」性を認めて労働者を救済しているが、“批判としての正当性”という衡量事由それ自体は、判断者によって相当に結論を異にしそうであり、訴訟当事者にとってはかなり予測可能性の低い要件だといえる。

  3. 続いて、広島高判平成29.7.14(労判1170号5頁)を見てみよう。
    これは、ある会社の専務がレンタルDVD店で他人名義のカードを使用したとして詐欺罪で逮捕されたという事件が発生した際に、その会社の従業員がその事実を、会社の社長の所属する某公益法人宛にファクシミリで通報したという事案である。

    この会社では、就業規則に「会社の信用を著しく損なう行為のあったとき」という懲戒事由が定められており、この従業員はこの事由にあたるとして懲戒解雇された。この懲戒処分の効力が争われたのがこの訴訟事件である。 判決は、この懲戒事由の該当性につき、

    「単に、信用を損なう行為があったというだけでなく、その行為により、会社の信用が害され、実際に重大な損害が生じたか、少なくとも重大な損害が生じる蓋然性が高度であった場合をいう」

    として、懲戒事由該当性自体を限定的に解する解釈論を展開した。「信用を損なう行為」という懲戒事由は、たとえ「著しく」という文言を付加したとしても、労働者が会社に対して批判的なことを言えば会社側は直ちに“これにあたる”としてその該当性を肯定する理屈づけが容易に可能であろう。

    これに対しこの判決は、“著しい信用毀損”か否かにつき、信用毀損言論それ自体を評価の対象とするのみならず、会社の実害の有無に目を向けて判断するものとしているのであり、懲戒事由該当性を限定するとともに判断が恣意に流れるのを防ぐ工夫がなされている。労働者の雇用契約上の地位の保護に配慮をした解釈上の工夫といえよう。そしてこの判決は、具体的な事案の結論において、“ファクスは会社の顧客には送られてはおらず、会社に売上げの低下等の経済的な実損害は生じていない”として、懲戒処分を無効としている。

  4. 以上見てきた裁判例のうち、2と3で取り上げた判断は懲戒事由該当性の場面における解釈例であるが、仮にここで懲戒事由該当性が認められたとしても、処分の相当性がこの後に問題になりうることはもちろんである。

4 内部告発


内部告発を理由として労働者に対して懲戒処分がなされる場合もあるが、かかる懲戒処分の適法性はいかに判断されるか。反対からいえば、内部告発の正当性はいかに判断されているか。

  1. ひと口に「内部告発」と言ってもその態様には様々なものがある。訴訟で争われた事例を見ると、

    ・組合員が多数の理事に対して通報したもの
    ・大学教授が理事長に通報したもの
    ・大学職員が雑誌記者に通報したもの
    ・従業員が新聞社に通報したもの

    等、多様である。上記の例を見れば分かるとおり、告発先が組織内部にとどまっているものもあれば、マスメディア宛てに持ち込まれているものもあり、行為態様にはかなりの幅がある。かかる行為態様の“幅”は、内部告発の“正当”性を判断するための材料となり、具体的には、告発の“手段・方法の相当性”という形で判断されている。

  2. 内部告発事案に関する裁判例として先例性が高いものに、大阪地堺支判平成15.6.18(判タ1136号265頁、労判855号22頁)がある。

    事案は、生協職員が、一部役員の非行を問題視して、総代・理事・職員ら500名以上に対して告発文書を送付したところ、告発で名前を挙げられた役員(被告)が、告発をした職員を懲戒解雇等したというものである。解雇等された職員(原告)は、役員の行為が不法行為にあたるとして損害賠償請求をした。判決は、

    「本件のようないわゆる内部告発においては、これが虚偽事実により占められているなど、その内容が不当である場合には、内部告発の対象となった組織体等の名誉、信用等に大きな打撃を与える危険性がある一方、これが真実を含む場合には、そうした組織体等の運営方法等の改善の契機ともなりうるものであること、内部告発を行う者の人格権ないしは人格的利益や表現の自由等との調整の必要も存する」

    とした上で、

    「内部告発の内容の根幹的部分が真実ないしは内部告発者において真実と信じるについて相当な理由があるか、内部告発の目的が公益性を有するか、内部告発の内容自体の当該組織体等にとっての重要性、内部告発の手段・方法の相当性等を総合的に考慮して、当該内部告発が正当と認められた場合には、当該組織体等としては、内部告発者に対し、当該内部告発により、仮に名誉、信用等を毀損されたとしても、これを理由として懲戒解雇をすることは許されないものと解するのが相当である」

    とした。つまり、

    a 告発内容の真実性・真実相当性
    b 告発目的の公益性
    c 告発内容自体の当該組合等にとっての重要性
    d 内部告発の手段・方法の相当性

    を総合的に考慮して告発の「正当」性を判断するというのである。内部告発事案の正当性が問題となっている裁判例は他にも数多くあり、事案によっては、

    ・上記a~dのうちa・b・dのみで判断する裁判例
    ・a~dにさらに手段の「必要性」を加える裁判例
    ・aのみで判断する裁判例

    などいろいろあり、裁判所が判断基準としていかなる要素を挙げるかは、結局のところ、事案によるとしか言いようがない。畢竟、裁判所は、内部告発の「正当」性を評価するにあたりいかなる事情を検討すれば事案の適正な解決に資するか、ということを考えているのであろうから、事案によって、考慮する事情に違いが生じ、それがひいては、規範定立の場面で挙げる事項の違いとして現われるのであろう。

  3. なお、上記dの“手段・方法の相当性”のファクターについて少し補足しておきたい。告発がマスメデイア宛てになされた事案において、“まずは組織内で是正の努力をすべきであったのに、外部の者に告発したことは相当性を欠く”と判断される事例がままある。

    告発の「正当」性の判断は諸事情を衡量してなされるので上記a~cの程度とも関わることではあるが、dの「相当」が肯定されるには、“八方手を尽くしても事態が改善しないのでやむを得ず”というような状況までが必要とされることがあると思っておいたほうがよいようである。つまり、いわば刑法上の緊急避難における“補充性の要件”のような厳格さを要求されることもあると考えたほうがよいようである。

    もちろん、a~cの程度によっては、dの要件にそこまでの厳格さは要求されないこともあり、結局、事案に応じた衡量がなされるとしか言いようがないのであるが、組織の外部に対する告発については裁判所が厳しい態度を取ることもあることは頭に入れておいた方がよいと思われる。

5 組合活動


続いて組合活動について検討する。例えば、組合がビラ配り・街宣などをし、それが名誉毀損等の不法行為にあたるとして会社側から損害賠償請求や行為の差止めの請求を受ける場合がある。かような場合に裁判所はいかなる規範で判断をしているか。

  1. まずはビラ配りの事案について見てみよう。
    ここでは、東京地判平成17.3.28日(判タ1183号239頁、判時1894号143頁、労判894号54頁)を検討する。

    事案は、組合(被告)が会社(原告)の周辺で配布したビラ(本件ビラ)に、会社に関し、「不当解雇」「従業員をポイ捨て」「従業員が安心して働けないような保険会社に『大きな安心をお届けしたい』などという資格があるでしょうか?」等と記載されていたというものであり、かかる行為が名誉毀損等の不法行為にあたるとして会社が組合に対し損害賠償等の請求をしたものである。判決は、

    「本件ビラの記載内容は、原告の名誉、信用を毀損するものである。」

    としつつも、

    「だからといって、直ちに、本件ビラを配布及びこれを公衆送信した被告の行為をもって、違法と評価することはできない。なぜなら、被告の本件ビラ配布及びその公衆送信行為は、労働組合の組合活動の一環として行われているところ、このような場合には、本件ビラで摘示された事実が真実であるか否か、真実と信じるについて相当な理由が存在するか否か、また、表現自体は相当であるか否か、さらには、表現活動の目的、態様、影響はどうかなど一切の事情を総合し、正当な組合活動として社会通念上許容される範囲内のものであると判断される場合には、違法性が阻却されるものと解するのが相当である」

    とした。つまり、「正当な組合活動として社会通念上許容される範囲内」かどうか、という規範を提示し、その「正当」性の判断要素として、

    a 事実の真実性
    b 真実相当性
    c 表現の相当性
    d 表現活動の目的・態様・影響など

    を総合して衡量すると言うのである。上記の考慮事情のうち、真実性(a)・真実相当性(b)を欠く場合に「正当性」が否定されやすいことは分かりやすい。

    他方、表現の相当性(c)に関してこの判決がどのように判断をしたかというと、会社側が問題としたビラのいずれの記載についても「相当」性があるとした。つまり前述の「不当解雇」(ⅰ)・「従業員をポイ捨て」(ⅱ)・「従業員が安心して働けないような保険会社に『大きな安心をお届けしたい』などという資格があるでしょうか?」(ⅲ)のいずれの記載も「相当」性があるとしたのである。具体的には、ⅰ・ⅱについては、その根拠とする事実との間に乖離がほとんどないとし、また、ⅲについては、会社の商品・サービスに対する攻撃ではなく、労務政策に対する批判であることが明らかであるとして、相当性を肯定している。

    各記載に対する相当性の判断は事案によるのでこれらをこのまま覚えることに意味はないが、これらの判断例から窺えることは、裁判所が、

    ・ファクトのレベルで誤りがないか?
    ・主題から離れた中傷になっていないか?
    ・言い過ぎではないか?

    等を考えているということである。

  2. 次に街宣の判断事例として大阪地決平成24.9.12(公刊物未登載・大阪地裁平成24年(モ)第50436号)を見てみる。

    事案は、労働組合が、会社の取締役の自宅付近等で街宣活動(街宣車と拡声器を用いた言論、横断幕の掲示、シュプレヒコール)を行なったことについて、会社側から差止めの仮処分が請求されたものである。その違法性の判断につき、決定は、

    「労働組合は、組合員である労働者のために、その労働条件をはじめとする経済的地位の維持・向上を目指して活動することが許されており、その活動が、組合活動として正当な範囲内にある限り、違法性は阻却される」

    とした上で、

    「組合活動が正当なものとして許されるためには、その目的、態様、内容、使用者側が受ける不利益その他の事情を総合考慮し、社会通念上相当と認められることが必要であると解するのが相当である」

    としている。これは、組合活動としての「正当」性を、諸般の事情を総合考慮して判断するというものであるので、規範の枠組みは、ビラ配りの事案における(1)の東京地判と同じと考えてよいであろう。

    しかし、街宣という態様の性質上、衡量される事情としては、言論の内容の真実性・真実相当性よりも、街宣の行為態様と、その反作用としての使用者側の不利益が激しく争われ、結果として裁判所の判断も重点がそちらに置かれるといえる。この大阪地決でも、まさにその行為態様と使用者側の不利益が細かく認定されている。

    本件では、結論としては差止めが認容されており、他の裁判例を見ても、街宣の場合、“有形力の行使”の側面が強いので、裁判所の判断は組合側に対して厳しいものが多いように見受けられる。

  3. さて、組合活動に関する事例の最後として、ビラの掲示行為が問題となったケースを検討したい。裁判例は、大阪高判平成21.5.28(労判987号5頁)である。

    事案は、組合が事業所内の掲示板に掲示物を貼った行為につき、その掲示物の内容が労働協約の規定に違反するとして会社が当該掲示物を撤去したというものである。組合は、かかる撤去行為が不当労働行為にあたるとして、不法行為に基づく損害賠償請求訴訟を提起した。ちなみに本件で問題となっている労働協約の規定の内容は次の通りである。

    第17条「掲示類は、組合活動の運営に必要なものとする。また、掲示類は、会社の信用を傷つけ、政治活動を目的とし、個人を誹謗し、事実に反し、または職場規律を乱すものであってはならない。」

    第18条「会社は、組合が前2条の定めに違反した場合は、掲示類を撤去し、掲示場所の使用の許可を取り消すことができる。」

    かかる事案において判決は、

    「撤去要件に該当する掲示物を撤去することは不当労働行為には当たらないというべきであるが、撤去要件に該当するか否かを検討するに当たっては、当該掲示物が全体として何を伝えようとし、訴えようとしているかを中心として、実質的に撤去要件を充足するか否かを考慮すべきであり、細部の記述や表現のみを取り上げて判断すべきではないし、撤去要件に形式的には該当しても、当該掲示物の掲示が会社の信用を傷つけ、個人を誹謗し、あるいは職場規律を乱したか否か等々について、その内容、程度、記載内容の真実性等の事情を実質的かつ総合的に検討し、当該掲示物の掲示が正当な組合活動として許容される範囲を逸脱していないと認められる場合には、当該掲示物を撤去する行為は、組合に対する支配介入として、不当労働行為に当たるというべきである。」

    とした。ここでもやはりキーワードは組合活動の「正当」性であり、かかる「正当」性を判断するにあたっては、

    ・誹謗等の内容、程度
    ・記載内容の真実性

    等の事情を実質的・総合的に検討して判断するものとしている。

  4. 以上の裁判例に照らすと、組合活動における名誉毀損の場合、“組合活動の正当性”というキーワード(あるいは「マジックワード」というべきか?)があるだけであって、あとはその「正当」性を、裁判所が事案ごとに衡量要素と衡量の比重を決めて判断しているといえよう。結局は“総合衡量”となるのであり、そういう意味では、裁判所の判断についての予測可能性は高いとはいえないが、

    ・事実の真実性・真実相当性
    ・表現に行き過ぎがないか(表現や内容の相当性)
    ・行為態様(ビラなのか街宣なのか)
    ・使用者が受ける不利益
    ・誹謗の程度や使用者の不利益の程度

    等の事情が衡量されると頭の中に入れておくとよいであろう。

初出:2021年「季刊・労働者の権利」通巻343号

佃法律事務所 弁護士 佃克彦
“正義の味方”にあこがれて弁護士になり、気がつけばもう30年。さまざまな事件に出合い、数多くの経験をしてきました。事案に応じて他の事務所の弁護士と連携し、フットワークは軽く、しかし強い信念を持って皆さんの人生やお仕事における前進のお手伝いを致します。お気軽にご相談下さい。

【住所】東京都港区西新橋1-20-3 虎ノ門法曹ビル403
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