【弁護士・佃克彦の事件ファイル】「石に泳ぐ魚」出版差止事件・東京地裁編_Part2
顔に腫瘍の障害のあるAさんが、そのまま小説の題材に使われたことは、Aさんにとっては耐え難い衝撃でした。
Aさんは、後に裁判所に提出した陳述書でこう語りました。
出版差止の仮処分の経過
このようなAさんのために、「石に泳ぐ魚」の出版は、何としても防ぎたいことでした。
仮処分手続でAさん側が「石に泳ぐ魚」の出版の差止を求めたのに対し、柳美里さん側は、「小説に手を加えるのでその修正したもの(改訂版)を出版したい」と、手を加えた小説を提示してきました。
その改訂版では、Aさんの属性をそのままなぞっていた副主人公の出身大学や専攻科目などに変更が加えられてあり、また、顔に関する描写が一部削除されていました。しかしAさんにとってはそれは小手先の修正に過ぎず、Aさんの顔の腫瘍が決定的な要素として書かれている実態に変わりはありませんでした。また、すでにAさんをそのままなぞったオリジナル版が世間に広く流布している以上、今さら属性や描写の一部を変えても、単行本の出版によってやはり副主人公がAさんであることは拡がり続けるでしょう。
そこでAさん側は、改訂版での出版も認めない、と回答し、話し合いは一旦、決裂寸前となりました。
しかし、この改訂版でしか出版しないということが確約されるならば、それは一つの前進であることに間違いはありません。そこでAさん側は改めて、“改訂版以外での出版がないということがはっきりと文書で示されるなら仮処分は取り下げる。改訂版での出版が許されるか否かの問題は改めて本裁判で争う。”と回答しました。
仮処分で柳美里さんとした合意
このような経過を経てこの仮処分では、Aさんと柳美里さん側との間で概要次の通りの合意が成立しました。
そして本案訴訟の提起
こうして合意が成立し、仮処分手続は終了しました。
しかしこのままではまだ改訂版での出版の可能性が残っています。そこで、仮処分手続で意向表明したとおり、94年12月、Aさんは改めて、「石に泳ぐ魚」の改訂版の出版差止と慰謝料の支払いを求める本案訴訟を東京地方裁判所に提起しました。
この本案訴訟から私もお手伝いをすることとなり、弁護団は、仮処分手続から担当していた梓澤和幸氏、飯田正剛氏に加え、木村晋介氏、坂井眞氏、そして私の5人体制となりました。
次回は、東京地方裁判所で行われた一審の審理の経過をレポートします。
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