尖るほど、丸く
世間一般では、大多数の指す向きと逆の向きを指していたり、周囲に馴染めない、そもそも馴染もうとしていない、自分が信じた事だけを突き通して反対する意見は否定するなどの簡単に言えばマイノリティに属する人を「尖っている」と表現する。
そしてその人たちが、歳を重ねるごとに温和になって物腰が柔らかくなったり今までは絶対に賛同しなかった意見に賛同するようになるなど、周囲との隔たりが少なくなる事を「丸くなる」と表現する。
この「尖る」から「丸くなる」という工程は、様々な事を経験して正解や正義の多様性を知ることによって、一つだと信じ切っていた自分の自信やプライドが削られてすり減る事で角が取れて丸くなるという解釈が普通だと思う。極端に言えば、今まで一方的に悪だと思っていた世間や大人に突き刺していた刃を、自分もその立場になってみるとそこにも正義があることがわかって引っ込めたくなるような感覚。
でもこの解釈だと、今まで折角作り上げた角をヤスリで削ってまるで無かったことにするように感じて、違和感がある。
そこで私は、尖っている物を削って丸くするのではなく、その角を増やすことによって丸くなるという解釈をしたいと思う。
何を言っているのかよくわからないと思うので、図解した。
一番最初の横線を、まだ世界について少ししか知らない若者の一方向にだけ向けた尖りとする。自分の知っている正しい世界と、全く同じ平行線上にあるものしか許容できない。確かにこれは狭い世界。だけどこの尖りを、図のように2倍ずつ増やしていったらどうだろう。同じ角度で増やしてしまうと、それはただの長い棒で永遠に平面上の世界になってしまうけれど、均等にまだ知らない角度に尖らせていくと、その角が増えれば増えるほど、限りなく丸に近づいていくのだ。
これは、バイトでホールケーキの型に敷く丸型をクッキングシートで作ってるときに気づいた。四角を三角に折って、その三角をさらに三角に折って、また更に半分に折って、、っていうように折れば折るほど対角線が増えて最終的にそれを切って広げるときに円が滑らかになっていく。
この多角形の法則が、人間の角にも当てはまるんじゃないかと思った。つまり「丸くなった」と言われる人たちは自分をすり減らしているのではなく、むしろ増えたことによって全方向に尖る栗や雲丹のような無敵(?)な存在になったということなのではないか?普通に考えたら角だらけでは人を寄せ付けないイメージだが、ここでの角はただ単に誰にでも刃を向けることでは無い。あくまでもあらゆる角度で自分を保つということ。
一方向にしか角がなければ角がない部分は自分を守ることができないから、誰かが訪れても跳ね除けることしかできない。だけど歳を重ねて多くの経験をしたり色んな人に出会ってその都度真摯に向き合うことで考えが増えたり葛藤して、まだ知らない世界に自分の意見という角を作ることができる。=見える世界が広がる。
これを「丸くなった」人への解釈にしようと思う。尖っていた人が丸くなったというと、鈍くなったとか面白くなくなったとかネガティブな印象が伴いがちだけど、私の好きな人たちは歳を取っても決してその魅力がすり減っているわけじゃないと思ったから、違和感を感じたんだと思う。むしろ言葉に重みがあるし、その柔らかい表情の中には深みがある。きっと全ての方向に対して真剣に向き合って角を作ってきた人たちは、色んなものに警戒をして威嚇をしなくても良くなったから優しくなれる。結局優しさは強さだ。
だけどこれは、「丸くなった」人全体に対する定義には出来ない。角が増えたのではなく、削られてすり減って丸くなっていく人も多いだろうから。将来を何も気にしなくていい頃は自分が何でもできる事を分かっているし、躊躇なく自分の意見を言える人も多い。立場も名誉も何もなく、自分で築き上げたものが元々無いから失う恐れもない。だけど高校、大学、就職、昇進と自分で立場を作り上げていくにつれて保身ばかり考えるようになるのは、何故なのだろうか。
世の中の決まった一方向の流れにそのまま身を委ねて流されていくとどうなるのか。これは川の石を想像してみよう。上流にある石は崖から崩れた大きくて荒々しい岩。だけどこの岩同士が互いにぶつかりながら川の流れにそのまま流されて、下流に着いてようやく気づけば自分の角はとことん削られて周りには自分と同じような小さくて丸い石が沢山。人間だって、何も考えずにみんなで同じ方向に身を委ねて流されていけば、小さく丸く、どんどん同じ形になっていく。世の中の流れに身を任せるのは悪いことでは無いし、むしろ抵抗する方が疲れて面倒臭い。だけど大事なのは、ただ勢いに飲まれて流されるのか、自分で方向をコントロールしながら流れるのかということではないだろうか?
急流に身を任せるのは気楽で楽しいかもしれないが、流れの速さはいつか落ち着く。落ち着いた時に周りを見渡して後悔しないように、私は自由に流れをコントロールしてどの場所にも流れていけるようになりたい。自分で流れていって、望む場所に角を作る。そしてゆっくりと角を増やしていつか丸くなりたい。どんな方向にも自分らしく対応できるような。比喩ばかりで理想論だけれど、イメージが湧いたので。
尖るほど、丸く。
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