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TIN PAN ALLEY

毛皮のマリーズ
[TIN PAN ALLEY]

2011年1月19日(水)発売。
通算6枚目のアルバム。

従来のマリーズの
ロックンロールとは対極に在る作品。

ティン・パン・アレイとは
1890年代のニューヨークで
ポピュラー音楽の作曲家や出版社が
良質の音楽を世に送り出す為
試行錯誤していた地域。

何人もの作曲家が楽曲の試演を行っていて
鍋釜でも叩いているような賑やかな通りだった為
そう呼ばれるようになったらしい。


ボーナス・トラック含め全12曲の内
エレキギターが鳴ってるのは2~3曲のみ。

他は弦楽器や管楽器を中心に鍵盤や
パーカッション等の多彩な楽器で演奏され
志磨遼平の脳内で鳴っていた音楽を
ゲストミュージシャンと共に忠実に再現し
自身も全編でドラムを叩いている作品。


ハウリング気味の
エレキギターの轟音から
まるでセルジュ・ゲンスブールと
ジェーン・バーキンのように
志磨とベースの栗本ヒロコのデュエットで
静かに幕を開ける1曲目[序曲 (冬の朝)]



明るくも切ない失恋ソングの
2曲目[恋するロデオ]を挟み


ピアノとクラリネットが印象的な
浅川マキさんの訃報を受けて作られた
物憂げな3曲目[さよならベイビー・ブルー]




"ランチのBと…もずくも  あと熱燗1本ね
 シブいとこを突く おっさんランチ"

アルバム・コンセプトの[愛と東京]から
全く外れるも無くてはならない4曲目
[おっさんOn The Corner]を挟み


これぞマリーズ的な王道なポップチューン。
印象的なキーボードは元SUPER BUTTER DOG/
レキシの池田貴史。5曲目[Mary Lou]




エンディングの[ロコモーション]~
[恋の片道切符]へのオマージュも素敵な
彼女と中央線への愛を歌った
6曲目[C列車でいこう]

アル・グリーン風の70年代ソウル
7曲目[おおハレルヤ]を経由して
アルバムは佳境に入る。


志麿自身が愛する同名の絵本を題材に
レコーディングの合間に短時間で作られた
志麿の才能には感服するが竹内純さんの
バイオリンが凄い。
後からバイオリンを入れて貰う為
エンディングのフェイドアウト用に
長めに用意していた尺だったらしいが
あまりに演奏が素晴らしく録音ボタンを
止めるのを忘れ結局最後まで完奏してしまった
という8曲目[星の王子さま (バイオリンのための)]




結婚式のBGMで流しても
絶対ハマるド直球なラブソング
9曲目[愛のテーマ]を挟んで

声も容姿も全く違うんだけど
なぜか清志郎がRCでカバーした
ジョン・レノンの[イマジン]に通じる
世界観を思い出す。
純真無垢な子供達の歌声が素敵な
10曲目[欲望]




そしてこのアルバムのラストは
志麿が東京で出会い長年付き合った彼女との
別離を綴った曲で終わる。

そこに未練がましい言葉は
一切無く美しい言葉の羅列で
全てを終結させている。

"そして愛の日々よ
 それぞれの日々よ
 愛しきかたちないもの
 僕らはそれを
 東京と呼ぼう"

ピアノとアコースティック・ギター。
四重奏とドラムだけのシンプルな演奏なのに
この重厚さは何なのだろう。
11曲目[弦楽四重奏曲第9番ホ長調"東京"]




2011年4月23日(土)に渋谷公会堂で
このアルバムの完全再現コンサートが
1夜限りで開催され観に行った。

あの東日本大震災から約1ヶ月後で
よく開催できたと思う。

思えば彼らは震災前も震災後も
ツアー真っ最中だった。


震災が発生した時。
自分は仕事中だった。

当時は秋葉原に在った
コンピューター会社の1室の隅を
間借りしていた。

パソコンで翌週の提案資料を作っていると
上の階の女の子が[逃げないんですか?!]
と声を掛けてきて事の重大さに気付いた。

まだ15時過ぎだったが帰宅する事にした。

街に出ると余震で看板が揺れていたり
駅は封鎖寸前で電車での帰宅は困難だった。

道路も大渋滞でタクシーも掴まらず
とりあえず上野を目指して歩いた。

御徒町に在る松坂屋は既に閉店していて
帰宅を諦め昼間から飲んでいる人々も居た。

上野公園まで何とか辿り着き
親父に車で迎えに来て貰おうと電話したが
携帯自体が繋がらなかった。

歩道も人で溢れていて結局4時間くらい
歩いて地元の街に着いた。

そんな非常事態でも都電荒川線は
普通に走っていて何だか救われた。

東北地方の惨状を知ったのは
帰宅して夜のニュースを見た時だった。


テレビはACジャパンのCMばかりになり
節電や計画停電の日々が続いた。

得たいの知れない不安が
街中を包んでいた。


そんな時期に開催された
[CONCERT FOR "TIN PAN ALLEY"]

この日のLIVEはDVDで映像化されている。



志麿の歌声とギターとバイオリンだけの
[星の王子さま (バイオリンのための)]の
幻想的なカメラワークも素晴らしいが

当時の得たいの知れない不安を
束の間でも希望へと変換してくれる
子供達との共演が素晴らしかった。




ラスト曲前のMCで
志麿は震災について言及した。

[このティン・パン・アレイの
レコードを作っていた時は
まさかこんな悲しい事があるなんて
僕ら思わない訳じゃないか。

いわゆる"悪い予感のカケラも無いさ"
っていうやつじゃない?

このティン・パン・アレイで
僕が描いた東京っていうのが
きっと東京が1番美しくて
無邪気で何の心配も無くて
そういう1番美しい東京の季節を
レコーディングしたんだなぁと今は思うのね。

で。きっと元通りになるさ。
でもそれが同じ街かは分かんない。

で。ぼく地震嫌いさ。

で。僕らが地震に勝つとしたら
もうさ。地震があった事なんかさ。
忘れる事じゃないの?きっと。

んな事あったっけかな?って言ってさ。
忘れてやればいいのよ。

そんな事は出来ないですけども。
忘れちゃいけないって言うのも
そりゃ分かりますけども。

ほら。あるじゃん。
パンが無ければ
ケーキを食べれば良いじゃない。
みたいな。

地震なんか
忘れてしまえばいいじゃない。

で。何も無かったように
"悪い予感のカケラも無い"ような

美しい街。東京に
またもう1度。朝が来ますように。
祈りを込めて。

最後の曲を歌います。]

こう述べて
[弦楽四重奏曲第9番ホ長調"東京"]
が演奏された。


現在は閉鎖してしまったが昔
他サイトで掲載していたブログで
このアルバムを[無人島に持って行く1枚]
と紹介した事がある。

あるフォロワーさんから
[そんな1枚が見つかってしまったんですね…]
と落胆も半分混じったコメントを頂いた。

[無人島に持って行く1枚]なんて
人生をかけて探す物なのかも知れない。

だってこれからも名盤と呼ばれる
新作は生まれるだろうし
まだ出会えてない音楽も
たくさん存在する。

それでも。あの時
このアルバムを紹介した事は
後悔してない。

それだけ素晴らしい1枚なのだから。


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