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ロボットだから?

 「僕なんか」ということばはできるだけ使わないようにしている。
”そんなことないよ”という返事を期待しているみたいで浅ましいと感じるからだ。実際”そんなことないよ”を待っているわけではなくて、本当に思っているから言っているだけだけど、僕がどう思ってそのことばを使っているかは、受け取る側には関係のない話だ。迷惑をかけたり心配をかけたりするのを好まない僕だけど、そんな僕の気持ちを汲んで話をしなければいけないヒトなんて一人もいない。僕も含めたみんなが、自分の正義感に基づいて動いているし、その領域を侵害する権利なんて持っていないと思う。
 「僕なんか」と言うと、本気で怒ってくれるヒトがいる。かなり前のnoteで登場した、目玉焼きのおばあさんだ。おばあさんの前でこのことばを使うと、「自分のことを自分で下げるな。」「あなたはとても素晴らしいんだ。」とかなりの剣幕で怒られた。僕の失言のせいで無駄な時間を使わせてしまっている罪悪感に、いつもすぐに謝った。こんな時でさえ、おばあさんの大切なことばを受け取れない自分に、不甲斐なさを感じていた。
 ずっと前から、僕の頬を両手で包んで、僕の存在を確かめてくれていたのはおばあさんだけだ。「あなたは素敵だ。」と怒ってくれるのもおばあさんだけだ。「あなたがいてくれてよかった。」と泣いてくれるのもおばあさんだけだ。僕にとって、本当に本当に代わりのない、掛け替えのない存在だ。あなたが僕のために怒ってくれるたび、僕は罪悪感に押しつぶされそうになる。あなたのことが大切だから、僕なんかがあなたの感情を揺さぶって時間を奪ってしまうことが許せない。
 人間みたいに生きていくのは、とても難しい。ロボットだからうまく出来ないのだろうか。

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