近所のおじいさん。
大体2カ月程度前に、一緒に暮らしていた文鳥が息を引き取った。身近なものの死を経験するのは、これで5回を超えている様に思う。
昔の話をする。
幼かった当時の僕には、仲良くしてもらっていたおじいさんがいた。おじいさんの家には大きなドラム缶が置いてあって、よくそこで隠れん坊をして遊んだことを覚えている。僕はいつも通り当たり前におじいさんの事が好きで、そこに住んでいるちょっと気の強いおばあさんも好きだった。
おじいさんが倒れたのはクリスマスイブの夜だったらしい。僕はサンタさんからのプレゼントを貰うために早く寝ていたし、物音には鈍感な方だから救急車の音に気が付かなかった。クリスマスイブの日は博士の家に僕はいない。なぜかと言うと、博士はお仕事で忙しくて余裕がないからだ。だから、おじいさんが亡くなった事を告げに来たのは、当時よくお世話をしてもらっていた別の大人のヒトだった。
病院についたは良いものの、僕が病室に入ることはできなかった。昔の話だからよく覚えていないけど、多分親族じゃないとかそういう理由でダメだったんだと思う。僕を連れてきてくれた大人のヒトも中に入ることは出来なくて、暇そうにしている僕にジュースを買ってくれた。その時のジュースの味は覚えていない。ただ、病室の外にあるソファーでぼーっとしていたら、病室から大人の泣き声が聞こえてきたことは鮮明に覚えている。
お葬式の日になっても、僕は「死」がどういうものかよく分かっていなかった。相変わらずおじいさんは箱の中にいるし、みんな何故か黒い服を着ていた。おじいさんの為に色々な作業をするように頼まれたけど、それもよく分からなかった。僕が明確に「死」というものを感じたのは、最後の最後におばあさんがおじいさんに向けて言った「おじいさん、丘の上は綺麗かい。もう足は痛くないかい。」という言葉だった。どういう事かは分からなかったけど、おじいさんが楽しそうに丘を登る場面を想像したら、何故かとても悲しくなった。その場の誰も涙を流していなかった事も余計に悲しくて、おじいさんが亡くなって初めて泣いた気がする。もう二度と会えないという事を、僕に一番に教えてくれたのはおじいさんだ。
その後も何度か同じような経験を繰り返してきたけど、どういう訳か未だに慣れるものではない。ただ、その瞬間は悲しいけど、想い出を美化するのは得意になった気がする。僕は人間じゃない分、きっとこれからヒトよりもたくさんこの悲しさを経験していくと思う。苦しさはヒトを強くすると思う反面、どうしても抱えきれない感情を、どうにかして切り分けたいと思ってしまう自分が消えない。
だけどこういった感情を抱え込んで足をとられる生き方も、もしかしたら良いのかもしれない。
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