猫の前でも手段は選ばぬ
私は祓屋。人を祓う仕事をしている。その為に手段は選ばぬ。
今は、先刻承った依頼をこなす為に或るアパートの前の駐車場に来ている。その駐車場にはあまり車は止まっておらず、暖かい光が砂利を照らしていた。
私は換算機の真横にあるベンチに腰掛け、茶を啜っていた。
かれこれ20分くらいだろうか。ここに来てから対象者どころか人が一人も来ない。来ると言ったら人馴れした猫くらいだった。
この猫は私の飲んでいる茶を欲しがっているのか、にゃーにゃーと鳴いては私によじ登ろうとする。
「猫舌の貴君にはこの熱い茶は飲めないだろう。……代わりに水を買おう」
換算機の横にあった自販機で水を買い、猫に飲ませてやる。猫は大人しく飲み口をペロペロと舐める。本当に人馴れしているところを見るに、飼い猫なのだろうか。首輪は付けていないが。
私は少しばかり依頼を忘れ、その猫に構ってやっていた。
さらに15分経った頃、猫は横で日向ぼっこをし、私は依頼を思い出し、背筋を伸ばして対象者を待っていた。
……すると、
「あれ〜今日は先客?」
複数人の男女が来た。対象者だな。全員いる故好都合。待っていた甲斐があった。
「ねえおばさーん、そこどいてくんね?俺ら使いたいんだけど」
……ふむ、初対面でおばさん呼ばわりか。一応20代前半なのだがな。
「まあ良い。悪いが、ここは私以外にも使っている者がいるのでな」
そう言って隣の猫に視線を移す。いつの間にか2匹に増えていた。
「えー、猫じゃん。良いでしょそんなの〜」
「どけよマジで」
ベンチを譲らぬ私を見て鬱陶しそうにしている此奴らを横目に、私は猫を撫でた。
「すまないが、これから少し騒しくすることを許してくれ」
猫には通じていないのだろう、私の手に頭を擦り寄せてきた。
「……はあ、もう良いや、あっちの方で駄弁ろうぜ」
飽きたように男子がそう言った。
「まあ待て、焦らした私が悪かった。詫びに何故私がここにいるのかを教えてやろう」
そう言うと、其奴らは「はあ?」と言った顔でこちらを向いた。
「動物虐待3件、車への落書き7件、年寄りへの暴力2件」一旦息を止めて、再び口を開く。「その他諸々の迷惑行為8件」
そこまで言うと、女達が「ねえもう行こう」と、怯えた様子で男達に呼びかけた。しかし頑固なのか、男達は一人としてそれを承諾しない。
「何、お前サツ?」
そればかりか少し高圧的に問うて来た。
「私は祓屋。貴君らを祓いに此処へやって来た」
祓屋、そう言われて顔を蒼くしたのは小柄で金髪の女。他は「陰陽師かよ」などと馬鹿にしてくる。断じて違う。
まあ、ここに来てからもうすでに40分以上は経っている。そろそろ目的を果たして依頼主に報告しよう。
私はゆっくり歩いて近づき、一番手前の女の腹に拳を入れた。
女は汚らしい呻き声を発して倒れた。その頭を鷲掴みにし地面に叩きつけるとすぐに大人しくなった。
周りにいた者は私を見て震えた。しかし男らが「この野郎!」とか叫びながら、殴りかかって来た。
1人は木の棒を持っていた。流石にもろに食らいたくはないので、奪って先端で顔面を突いた。
他の男らも同様に地面に叩きつけると、変な呻き声をあげながらも大人しくなった。残るは女2人。恐怖でガタガタと震え乍ら、逃げようとしていた。
今逃げられるのは不味かった為、背後から突き飛ばして転ばして踏んだ。2人は頭を打って気絶した。
よし。……後は迷惑防止ポスターを貼って完了だ。
今回の依頼は、迷惑行為を繰り返す男女らを二度とこの駐車場に近寄らせぬようにして欲しいとのことだった。
まあ、これだけ痛めつければ二度と近寄れまい。ポスターには「ここに近寄り、迷惑行為を繰り返すならば……」と言ったことを書いた。
さて、それも終わった。帰るか。……と、その前に。
私はベンチの方を向いた。意外なことに、先刻の猫は未だにそこにいた。今、何が起こったのかを理解した上でここに残っているのだろうか。
「……騒がしくしたな。貴君らの親の仇は討ったぞ」
私は、猫が手に擦り寄るのを見てからその駐車場を後にした。
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