父上、お手伝いしましょう。

「父上、母上はどこでしょうか!」
「今朝からお見えになる黒い方々は誰なのでしょうか」

 妻が死んだ翌日、葬式の準備で忙しいそんな時、息子と娘が聞いてきた。俺は二人が、死について何も知らない、そんな二人が哀れに思え、そして憎たらしく思え、あえて真実は語らないことにした。

「母上は神の手伝いをしているのだ。今朝からいる黒い人達はその関係者の方々だよ」
「なるほど!母上はいつお戻りになるご予定ですか!」
「さあ、神も忙しいと仰っているからね。もしかしたら当分は帰れないよ」
「そうなのですか。それは淋しゅうございます……」

 俺が言ったことになんの疑いも無く信じる子供達が、また哀れに思えた。コイツらもいずれ死を学ぶときが来る、神が如何に不確かな存在かを学ぶときが来る。そのときには俺の嘘も見破られるだろうが、コイツらはどんな反応をするのだろう。真実を伝えなかった俺を憎むだろうか。

 4年後____俺の子供達は9歳になった。
 あのときついた俺の嘘は未だに触れられていない。もう忘れてしまったのだろうか。

「父上!先程寺子屋の帰りに刀を持っている者達に会いました!」
「何、怪我は無いか!?」
「はい、親切な方々でございました」
「そうか。ならば良かった」


「それで父上!」

 急に顔を上げた息子を見やる。

「父上!お聞きしたいことがあります!」
「なんだ」
「母上は、いつお戻りになるのでしょうか。刀を持っている者達に居場所を聞かれ、大変困ってしまいました」

 なるほど、こうなるか。二人はまだ嘘を見破れていないようだったが、他人に聞かれては矛盾がでる……か。

 今の状況は真実を話すには絶好の機会だろう。二人の怒りを買わずに話すとしたら今しかない。
 しかし、俺が何か言う前に二人が再び口を開いた。

「ですから父上!僕達も神の手伝いに行こうと思います!」
「人手が増えればそれだけ神のお仕事も早く済む筈でしょう」


 ……これはまずい。


 結局真実を話せなかった俺は、子供達ととある場所に来ていた。そこは此岸と彼岸を繋ぐと言われている場所。妻の葬式が行われた場所だった。こんなところで何をしでかすつもりだろうか。

「父上!此岸花です!」
「此岸花は、此岸を表します。この木の前に植えましょう」

 一瞬、呆気に取られた。俺は意味が分からなかった。それは此岸花ではなく「白い彼岸花」だ。彼岸を表す彼岸花が赤いからと言って、白ければ此岸と言うわけが無かろう。俺はまた、二人が哀れに思えた。

「この木は神に通じる木です!」
「ここに此岸花を植えておけば、神のお手伝いが出来ることでしょう」

 最初は意味が分からなかった。その木も、なんの変哲も無いただの木だ。ただ周りよりちょっと目立っているだけで。……しかし、二人の俺を憐れむ様な目を見て瞬時に悟った。

 二人のおかげで俺は、妻の死を偽らずにも立ち直れそうだった。

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