『水俣病闘争史』 雑感

晩年の石牟礼道子に介護者として、取材者として寄り添ってきた米本浩二による水俣という熊本県の企業城下町から日本の近現代を逆照射した1冊だ。これまで米本は石牟礼道子の評伝の中で、石牟礼道子とその伴走者であった渡辺京二の稀有なパートナーシップを描いてきたが、本書では、そのパートナーシップが水俣病闘争の中で、どのように結ばれていくかが、物語の横糸となっている。
そして、水俣病を、寒村の奇病から、20世紀の環境思想の原点に変えて、利潤の前に理性をかなぐり捨てて暴れる、政府のバックアップを受けた大企業と徒手空拳で戦う、多彩な水俣の登場人物たちの活躍が物語の縦糸だ。

四六判230ページ足らずの小さな本なのだが、日本列島の自然の中で豊かに生きてきた私たちのおじい、おばあのようなひとびとが、どのように子どもや親を殺され、耐え難きを耐え抜いたすえに、地域社会と敵対、孤立してまで、チッソという大企業と、その企業をバックアップする政府に対して、仇討するとして立ち上がるのか、それを、石牟礼道子や、渡辺京二たちが、言葉と知恵で、どのように助太刀するのか。歌舞伎や大河ドラマを見るように、水俣病闘争史が展開していく。

闘争の中で効果的に使われた「怨」の文字が染め抜かれた幟旗(のぼりばた)を受注した業者が「芝居で使うんですか」と聞いたというエピソードが本書で紹介されているが、まさに石牟礼、渡辺コンビのドラマチックな助っ人ぶりは、地域から孤立した水俣の漁師たちの厳しい戦いを全世界に向けてクローズアップしていくのだった。

「利潤の前に理性をかなぐり捨てて暴れる、政府のバックアップを受けた大企業」は現代でも数多ある。水俣病を引き起こしたチッソをそうした現代の企業に置き換えて読むと、本書が持つ社会をとらえる射程の大きさに、たじろがずにはいられない。

『水俣病闘争史』米本浩二著 河出書房新社 2022年8月刊

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