『渡辺省亭展』雑感

東京上野の藝大美術館で5月23日まで開かれている(その後全国巡回)渡辺省亭(せいてい)展を見た。美しい花鳥画をおなかいっぱいに堪能できる、コロナ禍で気持ちがくさくさしているときには、うってつけの展覧会だ。
数年前、世田谷の齋田記念館で開かれた没後100年特別展以来、にわかに注目されてきている日本画家である。瀟洒、洒脱で気品ある作風、明治前半には人気、実力とも一目置かれる存在であった渡辺省亭は、なぜか、近代美術史からすっぽり抜け落ちた存在になっていた。私も、省亭(しょうてい)って誰?と言っていた口だ。
修業時代は、筆さばきを習得するため、ひたすら漢籍やかな文字の模写をしていたという。長い糸の先の蜘蛛や、遠目でもわかる、2匹の蚊が蚊遣の煙の中に浮かぶ描写など、デッサン力、描写力が常人のものとは思えない。
花鳥画としての洗練された抒情性にとどまらず、構図、筆さばき、すべてにおいて一片の破綻もなく完璧なだけに、床の間に飾るにはよいが、作品性に乏しい、さほど面白くない、と感じる人もいるかもしれない。また、そうした完璧さゆえに、渡辺省亭作品の贋作は、腕の良い雁作者の手にかかると、見破るのがむつかしかったともいう。
渡辺省亭で忘れてならないのは、美術出版への貢献だ。1890年代に刊行されていた、「美術世界」という美術出版史に残る雑誌の編集主幹を務めている。木版印刷から活版印刷への過渡期に、当時一流の彫師、摺師をそろえた、多色摺木版の出版事業である。私も先々代、先代にお世話になった春陽堂書店初代の仕事である。現在は、全25巻が電子書籍化されて春陽堂から発売されているので図書館などでみることができる。
すでに桜花は散ってしまったが、新緑の上野の山に足を運ばれることをお勧めしたい。
(4月30日現在、緊急事態宣言により、東京藝大美術館は臨時休館中です)

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