『〈話す・聴く〉から始まるセルフケア』 雑感

海外に長く暮らし、母語である日本語以外の言葉を日常的に使う生活をしている書き手のなかには、文学的な論理性とでも言ったらよいのだろうか、美しく、読んでいて心地よい日本語を書く人がいる。
本書の著者、浅野素女さんもその一人かもしれない。

本書は、パリで家庭を持ち、ライター、ジャーナリストとして暮らしてきた著者が、東洋医学に出会い、指圧施療師となって活躍する現在の「生活と意見」をつづったものだ。

「フランス心身メンテナンス事情」というサブタイトルが語るように、彼女の施療室で、患者さんたちの体が語りかけてくるつぶやきを、手の平、指の先で読み解いて、施術として返していく。それだけではなく、実際に言葉で患者さんたちと対話し、施術に生かしていく。一人一人の人生とかかわるような対話を通して、自らを患者さんに開き、施術していく様には驚かされる。

本書のもうひとつの魅力は、指圧施療師になるために通った東洋医学校の教授たちを通して描かれるフランスの医師たちの姿だ。「科学的アロマテラピーの文学性」の章で登場する薬学者ミシェル先生は分子科学から植物学、歴史、文学まで幅広い知識をそなえたアロマテラピーの専門家だ。授業の様子を読むと、私もそのクラスに入りたくなる。

心と体の全体性、統一体を保つために、還元主義的な西洋医学と共存しながら、どのような視座を持てばよいのか、本書で著者が浮き彫りにするテーマは、日本で暮らすわれわれともそのままつながってくる。

四六判200ページ足らずの小さな本だが、施術者ならずとも、自らの体が発する声に耳を傾ける、対話することの大切さがよくわかる1冊だ。

『〈話す・聴く〉から始まるセルフケア』浅野素女著 春秋社 2020年刊

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