梅雨空の合間を縫ってハイキング

コロナ禍で増えた体重のせいか、膝が痛い。背中が張って頭痛もひどい。これはいけないと、南アルプス前衛のたおやかな山容の櫛形山を梅雨の合間にゆっくり時間をかけて逍遥した。

朝4時過ぎには明るくなる6月下旬、家を出るときにふっていた雨は、伊奈ヶ湖畔の県民の森、中尾根登山口に着く頃にはすっかり上がっていた。中尾根登山口は、標高880m。コアジサイやヒメウツギが咲く立派なヒノキ林から始まり、カラマツと広葉樹の混交林、そして標高2000m近くなると、モミやツガ、天然カラマツ、ダケカンバ、ミズナラなどの森になる。

登山口から標高差1200mを一気に上がると、和櫛を伏せたような広々とした頂上部原生林が広がる。甲府盆地からゆったりと立ち上がり、背後に農鳥岳、間ノ岳、北岳という南アルプスを代表する3000mを超える山をかかえる山頂部は、湿度が高い。そのためか、地衣類、コケ類が巨木の樹皮を覆っている。とくにサルオガセという、巨大なとろろ昆布のような薄緑色の地衣類が、ミルクを流したような濃い霧の中に花盛りのズミの樹のような低木から、数十mの高さのカラマツまで、森じゅうの木々にぶら下がっている様はゴシックロマン小説の1シーンのようだ。

頂上までもう一登りという、祠(ほこら)広場には、座禅道場のような無駄のない造りの無人小屋がひっそりと建つ。小屋脇には清冽な清水が湧いている。この清水で茶をたて、小屋で1週間ほど座禅を組んだら、コロナ禍でざわついた心持ちも静まるだろう。清水で水筒を満たして、標高2053mの櫛形山山頂へ。原生林が広がる穏やかな山頂稜線を逍遥しながら富士と高嶺三山を前後に眺められる裸山経由で、花畑が広がるアヤメ平へ。

この山も美しい広葉樹の森を持つほかの山同様に、シカの食圧による林床の砂漠化が進む。湿度が高く、穏やかな山容、標高2000m前後に広がる平坦地を持つこの山は、高山植物の宝庫のはずだが、林床はところどころ不自然に乾燥し、マルバダケブキ、コバイケイソウなどシカが忌避する植物だけが所々に生え残っている。

全山、尾根沿いに開かれた何本もの登山道を串刺しにするように林道が走り、シカにとっては移動が容易な食糧庫になっているのだろう。登山道から、しっかり踏み固められた獣道が何本も伸びていた。近隣の山域から植物を食べにくる動物も多いかもしれない。

アヤメ平は、鹿よけフェンスがめぐらされて、かろうじて本来の草地が復活している。アヤメは見られなかったが、日が当たるところでは、オダマキ、グンナイフウロ、ミヤマキンポウゲ、アマドコロなどが咲いている。小人が手を広げてお辞儀をしているような花の形が珍しいキバナノアツモリソウも咲いていた。

ここから、深い森でしか聴けないエゾハルゼミがつくる賑やかなサウンドスケープを楽しみながらヤマボウシ、クサタチバナ、フタリシズカに縁どられた北尾根登山道を下って、県民の森にもどってきた。午後7時になって、ようやく空が茜色に染まる夏至の後のこの時期は、行動時間が長い日帰りハイキングが楽しめる。

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