山本周五郎『町奉行日記』雑感

山本周五郎の小説というと、大河ドラマにもなった長編『樅ノ木は残った』や、黒澤明の映画やテレビの連続ドラマ、舞台劇にもなっている『赤ひげ診療譚』などが有名だが、1940年代から1960年代にかけて執筆された本書に納められている短編10編は、それぞれ滑稽物から人情もの、シリアスな話まで、味わいが全く異なったストーリーをスルスルと展開していて読者を飽きさせない。

物語の舞台は、武家から商家まで幅広く、登場人物それぞれの性格描写は明確で、キャラクターが立ち上がり、ゆるみのない構成の中で、「今村は豆腐を食べていて釘を噛み当てたような顔つきをした」といった一文がスッと挟まれるのである。

築地書館のある築地小田原町の隣町、木挽町の山本周五郎商店に徒弟として住み込みで働いていた(筆名はそこから採られた)周五郎だが、江戸東京の風俗を細やかに描写することはないかわりに、外連味のない書きぶりが心地良い。書きぶりのスキの無さ、キャラクターの立たせ方などは、カート・ヴォネガットの短編集と通じるものを感じる。職人としての小説家の書きぶりと言えばよいのだろうか。

戦前の作品も含め、100年近く前から大衆文芸誌に載った作品の多くが文庫本に収められ、今でも容易に読むことができるのは、稀有なことではなかろうか。

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