清少納言とリンドウを楽しむ

すっかり涼しくなった立冬後の一日、奥多摩三山の一つ、御前山へ檜原村の中尾根から詰め上げ、同じ斜面の湯久保尾根から下りてきた。出会う人もいない静かな尾根で、大きなリンドウの群れに出会った。枕草子で、清少納言が「こと花どもの皆霜枯れたるに、いと花やかなる色あひにてさし出でたる、いとをかし」と書いたリンドウである。

漢字だと竜胆。健胃薬にするこの草の根が、苦くて名高い熊や鯉の胆よりはるかに苦いので、竜の胆と書くらしい。
確かに、秋の低山は、11月になると、色彩が乏しくなる。白い可憐な花が薄暗いスギの植林地をかすかに彩る、コウヤボウキやキッコウハグマ。橙紅の金属光沢が妖しいマムシグサの実、咲き残りの紫色のシソ科の花や、ノアザミの花があるにはあるが、晩秋の山道で圧倒的な存在感を放つのがリンドウである。

ポツンと一輪ではなく、日当たりのよい山道に、たくさん咲いている。らせん状に巻いたつぼみもよいが、5枚の花弁のなかに星を散らしたようなドームを抱えた花がそこかしこに咲くさまは、宝石箱をひっくり返したような美しさである。1000年の時空を超えて、清少納言と「いとをかし」を共感するひととき。

11月も後半になると、タネを楽しむ季節に移る。翼をもったタネ、綿毛を持ったタネ。刺さったり、ねばりついたりするタネ。種子散布のための工夫をそれぞれに凝らした様々な形状のタネを観察できる。11月から12月は、紅葉狩りだけでない隠れたハイキングのハイシーズンだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?