『検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?』雑感

紀伊國屋書店から紀伊國屋じんぶん大賞のパンフレットが送られてきた。
今年の大賞受賞作は、『検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?』(小野寺拓也+田野大輔著 岩波ブックレット──ブックレットといっても2段組で新書1冊分くらいの分量あり)である。
ナチス政権の権力掌握過程、経済政策、労働政策、家族支援、環境政策、健康保健政策について、「事実・解釈・意見」の3層構造で分析していく。
受賞パンフレットに載っている著者による「じんぶん大賞特別寄稿」には「確かに事実の確定は重要です。でもそれ以上に歴史研究者にとって重要な仕事は、その事実を『文脈の中に位置づける』という営みだと思います」とある。
だから、これまでの研究の積み重ねと向き合う研究史の蓄積を大切にすることが事実を『文脈の中に位置づける』ことになるのだろう。
ただここで悩ましいのは、どのような文脈に位置づけるのか、ということだ。研究史の蓄積のなかで、おのずと正しい文脈が浮かび上がってくるのだろう。
しかし最近のSNSなどで少し乱暴な議論の中で散見されるのは、そうして浮き彫りになった文脈を、筋の悪い文脈として頭から切り捨ててしまう(もしくはそうした文脈の存在をあまり考えない)態度である。この態度は対話を不可能にしてしまう。
歴史研究による適切な「解釈」を踏まえて、さまざまな政治的立場を持つ人びとが、幅広い認識を共有できることが、あるべき姿なのだろう。

ヨーロッパの森林保全、林業政策を考えるうえで、ナチスの環境政策がどのような文脈に位置づけられるのかに興味があり、本書が、ナチスの環境政策をどのように評価しているのか興味があった。
ドイツにおける環境保護運動は1960年代までは保守右派による運動であったという指摘も興味深い。
勉強する意欲がわいてくる1冊だ。一読をお薦めしたい。

追記:築地書館で出版しているドイツの研究者の著作(フランク・ユケッター著 和田佐規子訳『ナチスと自然保護』)は巻末ブックガイドで「帝国自然保護法をはじめとするナチ自然保護政策の全体像を知るには、この1冊が最適。とくに第4章の事例分析は、ナチ自然保護政策の矛盾や限界を知る上できわめて重要である。」と紹介されている。


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