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魔法のカップ

柳沢峠から、東京都水道局の管理するコケの森を歩いて大菩薩嶺に登る途中に丸川峠がある。丸川峠からは、裂石の登山口に下ることも、泉水谷を歩いて三条新橋を渡り丹波山村に抜けることもできる。この峠からは、森が切れて、富士の秀麗な姿が望める。

峠の端には電気も水源もない小さな山小屋がある。丸川荘だ。水は、ペットボトルで担いであげるそうだ。その貴重な水で淹れてもらったコーヒーを飲みながら小屋守の只木さんに話を伺う。

最近、麓の古民家を解体したら梁に使われていた松から、肥松(こえまつ)材が穫れたので、その材を削って作ったカップを見せてもらった。立ち木で300年、梁材で200年経っているという材だ。ヘッドランプで内側から照らすと優しい赤い光が外に出てくる。細かい年輪が刻まれた材なのだが、ところどころ樹脂でできていて、半透明なのだ。

肥松は、アブラ松、松明(たいまつ)とも呼ばれ、燃やすと明るい光を放つ。かつては照明材として活用されていたらしい。希少な材なのだが、意外にもろく、乱暴に扱うと簡単に割れる。

そのカップから放たれるにおいが独特だ。馥郁とした深山の香りとでもいおうか、500年経ったマツの樹脂から漂う芳香である。燗酒をこのカップで飲むと、どんな安酒でもおいしくいただけるという。それを聞いたら試さずにはいられない、一つ分けてもらって、さっそく自宅で試してみた。

普通の日本酒が、聞きしに勝る変身ぶりで、深いコケの森に抱かれた丸川峠の山小屋で満天の星空のもと、美酒をいただいている気分になる。なんとも贅沢なカップだった。

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