梁瀬義亮著『生命の医と生命の農を求めて』雑感

1952年から奈良県五條市の開業医であった著者が、自分の家族や地域の人々の農薬による健康被害に直面してつづった書。『土が変わるとお腹も変わる──土壌微生物と有機農業』の著者、吉田太郎さんに教えてもらって読んだ。

今から45年前、1978年の出版だが、少しも陳腐化しておらず、それどころか、現代のネオニコチノイド農薬に置き換えれば、著者の生命を見つめる言葉が新鮮に響く。 京都大学医学部卒業後、従軍して毒ガス戦の訓練を受けた著者は、毒ガスと同じ成分のホリドール(パラチオン)の濃霧の中で農薬を散布する農業者ばかりか、ホリドールがポストハーベスト農薬として使われた野菜によって自分の家族を含む消費者の健康まで損なわれるのを見てその使用中止を訴えるが、信頼する友人にまで「農薬ノイローゼ」と笑われる。

著者は、野菜農家や、青果商の反発で四面楚歌の中、この農薬禍と、医師として闘い続け、やがて、化学肥料と農薬に依存する近代農法から、生命の農法を編み出し、農薬による健康被害で苦しんだ末に有機農業を志すようになった農民たちを糾合して、農業生産組合を組織していく。 無化学肥料、無農薬の農法を模索する中で、森林土壌の成り立ちからヒントを得て、好気性完熟堆肥による土づくりへの気づきを得る場面は、思わず膝を打つ鮮やかさだ。「生(なま)の有機質を土に入れてはいけない。『土から出たものは土に返せ』では不十分だった。『土から出たものは土にしてから土に返せ』」なのであった」と。 「雑草論」では、菌根菌という言葉こそ使っていないものの、雑草の根が団粒構造を維持して、いかに土を豊かにするかを、ずばり言い当てている。

医師として、有機農法研究者として、仏教の求道者として、滋味深いいのちの言葉がつまった本だ。 (現在手に入る版は1998年に増補復刊された地湧社版)


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