映画PERFECT DAYS 雑感

ヴィム・ヴェンダース監督、役所広司主演、役所がカンヌ映画祭最優秀男優賞を取った話題作だ。東京渋谷区の建築家やクリエイターが設計した公共トイレ17か所を軽のワンボックスカーに清掃用具を積んで清掃巡回するチームの一員である平山(役所が演じる)の日常生活を追ったドキュメンタリーのような映画だ。

どのくらいの頻度で17か所をめぐっているのかは映画の中では示されないが、清掃ぶりが職人技なのである。ちょうど木工職人が切り出した木材を鉋(かんな)掛けしたり、切り出しナイフで削りだしたりするように、平山は丹精込めて17か所のトイレを磨いていく。

公園の中にあるトイレの脇で、ランチタイムの平山はスダジイやクスの樹冠からの木漏れ陽に向かって今では珍しいフィルムカメラのシャッターを押し続ける。油断してみていると見逃してしまいそうになるのだが、公園の奥の木立の中では、ホームレス役の田中泯が薪(たきぎ)を背負って踊っている。公園のベンチでは、研ナオコが猫に頬ずりをしていたりする。

平山の楽しみのひとつは、週末、銭湯でさっぱりしてから小料理屋で1杯やることなのだが、石川さゆり演じるその店の女将が、常連客役のあがた森魚のギターでしっとり歌いだしたりもする。公園で撮影したフィルム現像をいつも頼んでいるカメラ屋のおやじは柴田元幸先生である。なぜ柴田先生が店番?

プライドを持ってトイレを磨く平山の日常を淡々と描いてはいるのだが、事件は起こる。平山の妹のティーンエイジャーの娘が鎌倉から家出をして平山の木賃アパートに転がり込むのだ。携帯を持たない平山が公衆電話から妹にそっと連絡する。運転手付きの車で迎えに来た麻生祐未演じる平山の妹が「お兄ちゃん、本当にトイレ掃除で暮らしてるの?」とたずねるシーンは「男はつらいよ」シリーズで、やくざなおじさんを追って家出した満男を迎えに来た寅次郎の妹さくらが寅次郎に言いそうなセリフにも聞こえるが、
平山の中学生の姪に対する教育的配慮のすばらしさは、見ていて清々しい(そういえば、公衆電話は「男はつらいよ」シリーズの重要な小道具だ)。

地下鉄銀座線の始点・浅草駅脇の立ち飲み屋・福ちゃんのシーン、隅田川のかかる橋の下でたばこにむせる三浦友和演じる友山の、平山との短くも切ない友情のやり取りなど、ヴェンダース、楽しみながら撮っているなあと思わせるシーンが連続する。

しっとりとした情感とともに、東京という町を静かに描いた映画でありながら、観客に心地よい緊張と温かい余韻を残す作品を堪能した。

土井二郎

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