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とある探究者の手記

何かを成そう、何かを目指そうと必死になる必要はあるのだろうか?
選択さえすれば、方法(プロセス)はいつの間にか手に入るというのに。
結果を味わい尽くし、あとは何も期待しない。
それだけでいい。

先日、妙な夢を見た。
「ここで見たことを、伝えるのだ!」
強烈に覚えているのは、意識が戻る直前に聞いた、その言葉だけだった。
そう叫んでいたのは、年老いて痩せ細ったライオンだった。

伝えるも何も、夢の内容を覚えていない。
うっすら思い出せる断片は、わずかしかない。
私はギリシャか、アテネか、異国の神殿を訪れていたように思う。
だが、その場所は、街全体が巨大な撮影所のようだった。

伝えろというのはそのことなのだろうか?
この世界は大掛かりな舞台装置であると。
確かなことはわからないが、ひとつ感じたのは、必死になる必要はないということだ。

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