相馬栄の心の動き②

ー「テレビの嘘」とやらせ問題ー


「嘘」と「本当」に一旦の折り合いをつけた栄は、『ひらいて』で本格的に「テレビの嘘」と向き合うことに。
前回の記事でも少し触れたように、「テレビは虚構である」という意識がまず前提としてあります。

ルール上アウトかセーフかの線引きは別にして、テレビの中に「本当のこと」なんてひとつもないと、よく知っているはずなのに。(ひらいてp37)

「…むしろテレビから嘘取ったら、何が残るんですか?」(ひらいてp43)

二つ目の引用は恵の言葉。「テレビの嘘」は、栄だけではなくテレビに関わる者の共通認識だと思われます。

◆三芳のついた「本当を謳う嘘」

しかし、明らかな「嘘」を「本当」だとして放送するのはタブー。栄は、設楽の他局の同期・三芳が制作する「マイ・ドキュメント」におけるやらせ問題を追うことを決めます。
真相に近づいていく途中で印象的なのが次の文章。

「本当を謳う嘘」から感じ取ったものは嘘になるのか? 動かされた心は、否定されるべきか?(ひらいてp47)

視聴者が心を動かされたならば、それはある意味「嘘」の功績。もし「嘘」が暴かれたら、偽りから感じた思いを人はなかったことにするかもしれません。
そんな視聴者の心を慮る栄の様子が見て取れます。

また、やらせが明らかになれば三芳と親しい設楽はどう思うのか、それも栄の懸念となっていました。
独断で取材をしにニューヨークへ行った栄は、帰国後に設楽と次のような会話を交わします。

「嘘つくのはいいのかよ」
「本当のことだけでやってこうなんて無理じゃない?」
それはお互いさまってことだよな? 声に出さず確認する。
「嘘つくんなら誠意とか思いやりがほしいよね」
「逆だろ」
「本当のことは『ただの本当』でしかない。『王さまは裸だ!』って叫ぶより、見えない服を褒めるほうが誠意を要する」(ひらいてp48)

設楽は「本当」だけでは成り立たないとし、誠意のある「嘘」を肯定。「本当」は誠意も思いやりもなく「ただの本当」であると述べるのです。

三芳のつくり上げた「本当を謳う嘘」は、設楽の言葉を借りるならば「誠意のない嘘」。視聴者を騙しているという意味で、思いやりがあるとはいえないでしょう。

この直後、栄はやらせを暴くことへの迷いを捨てています。きっぱりと決断を出したのには、こうした設楽の発言に後押しされたと考えられます。


◆やらせ問題の取り上げ方

三芳に直撃取材をしたところ、やらせは事実だと判明。証拠の映像を押さえたにも関わらず、栄はすぐにニュースで流すという選択はしません。

「…違う、考えたいんだよ、俺は、ここにいる全員と」
間違いはあっても正解はない、結論は出ない、そう、分かっているからこそ。(ひらいてp57-58)

このように、スタッフとともにやらせ問題について話し合い、その映像を番組で放送することに。
三芳の取材映像を流してもそれは「ただの本当」でしかありません。「テレビの嘘」に正解はないのだと、そう視聴者に伝えるための試みといえます。

栄も言うように、今やテレビはネットの速報性にはかないません。栄の選択は、そのデメリットを逆手に取ったもの。すぐにやらせ問題を扱わずあえて寝かすことで、視聴者に考える時間を与えています。
その上で自分たち作り手の迷いや弱さを見せ、あらためて問題を提示する、それが栄の考えるテレビの「プロとしての仕事」(ひらいてp57)だったのではないでしょうか。

◆「ザ・ニュース」が持つ視聴者の感覚

ところで、番組や視聴者について、栄の考えが分かるのが次の箇所。

…オンエアの勘を取り戻そうとしていた。それは具体的な方法論ではなく、リアルタイムを面白がる、という感覚だ。(ふさいでp196)

押している、と思えばどうしても焦るから、話の内容がストレートに入ってこなくなる。でも視聴者はそういう時間感覚で見ない。(ひらいてp9)

一つ目は、ストライキの際にオンエアDをしたときのモノローグ。放送前に番組を仕込んだ制作の立場でありながら、視聴者と同じくリアルタイムを楽しむ感覚を大切にしているのです。
二つ目は「ザ・ニュース」初日、フロアDを務めたときのもの。決められた時間構成を無視してでも、視聴者目線に立っている様子が描かれています。

そして、この考えは設楽にも共通。以前の設楽の言葉を、国江田は次のように語っています。

―昔、この番組のプロデューサーに訊かれました。番組づくりでいちばんよくないことは何かと。情けない話ですが、私は、答えられませんでした。それは「視聴者のほうを見ないでつくること」でした。(ひらいてp60)

設楽が栄に影響を及ぼしたのか、それとも始めから両者とも同じ意見だったのかは定かではありません。
しかし、栄や設楽、国江田が共通して持つ「視聴者のほうを見ないでつくること」という確固たる考えを根底にして、「ザ・ニュース」がつくられていることが分かります。


〈引用文献〉
一穂ミチ「ふさいで」(新書館、2018年12月)
一穂ミチ「ひらいて」(新書館、小説Dear+フユ号Vol.76、2020年1月)


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