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国境を越えて宅配アプリで稼ぐ人々

1990年代以降、日系ブラジル人を中心とした南米からの「デカセギ現象」が日本に起きたことは記憶に新しいですが、今の時代は、「アプリ」の登場により国境を越えて仕事を得る人が増えている ──。

力強い景気回復が見られない当地ブラジルでは、Uber Eatsのような宅配アプリサービスが一部の人々の貴重な収入源となっています。

そのアプリが海外に創り出す仕事を求め、国境を越えて移り住む人がいるという現象を耳にしました。興味深い話だったため、新興国市民の目線で掘り下げてみたいと思います。

ポルトガルを侵略する「モトボーイ」

当地サンパウロで聞いた話によれば、大西洋を渡ってポルトガルでアプリ宅配をするブラジル人が急増したといいます。

ポルトガルでは、アプリ宅配サービスがここ2年くらいの間に普及したということですが、都市によってはその宅配員の8, 9割がブラジル人だと言いますから、驚きです。

これは本当かと思い探してみたら、確かに記事がありました。大挙してブラジル人のアプリ・ワーカーがポルトガルに押し寄せているという意味で、記事ではinvasão(侵略)と表現されています。

なぜ、ブラジル人のアプリワーカーが遠くポルトガルでここまで急増したのか?

これは1年前の記事になりますが、ブラジル国内の経済回復や治安の改善が一向に見られないなどの社会不安から、16~24歳の若者の62%が「可能であればブラジルから出たい」と考えているという調査結果が出ていました。

なかなか衝撃的な数字ですよね。まずこれが要因の1つとして挙げられます。

もう1つの要因は、国内の経済回復の遅れから多くの人が職を失う中、個人事業主として自らビジネスを始める人々が増加した点があります。

当地でMEIと区分される個人事業主の数は、景気の陰りが見え始めた2013年に370万人だったのが、2019年には815万人にまで急増しています。

まさにその同じ時期に起こったのが、スマホとライドシェア・アプリやUberEatsなどの「宅配アプリ」の普及でもありでした。

仕事と個人事業主の関係が劇的に変わった

仕事を見つけるのが一番大変な個人事業主にとって、これはまさに救世主となりました。こうしたアプリで生計を立てる人は、人口2億人のブラジルにあって、今や400万人もいると言われています

個々人の経済状況がおぼつかない中、手軽に仕事を見つけることのできる「アプリ」の利用が浸透。それに従事することに抵抗が少なくなってきていたわけです。

そんな時、同じ仕事に従事できる国外のマーケット(=ポルトガル)が出現した。同じ仕事ができるのならば移り住んでしまおうと、踏ん切りのいいブラジル人がポルトガルに移住していったということになります。

ポルトガルは、ブラジル人が海外移住を考えるときに、アメリカと並んで頻繁に名前が挙がる国です。何と言っても旧宗主国。言葉が通じます。

彼の国に定住するブラジル人の数は、2017-2018年の間に、85,000人から105,000人へと、23%も増加したと言います。

彼らがポルトガルに魅力を感じるのは、何と言っても金銭面の条件です。

先の記事によると、アプリ宅配サービスに従事して良い月で1,200ユーロを稼げるといいます。ブラジルの通貨レアルに直すと、これはブラジル国内で同じ仕事に従事してフルに1ヶ月働いた時に得られる収入のおよそ倍に相当するということですから、それならやはり「価値がある」ということになります。

またポルトガルの市民権が比較的得やすいことに加え、納税者番号を取得して零細事業者として登録すればアプリに登録可能となるという手軽さもあるようです。

バイクで配達したい場合は、ブラジル国内で取得した運転免許がそのまま使える点もメリットでしょう。車両は自分所有でなくてもよく、借りたバイクでも仕事できます。ですから、仮に自転車で宅配サービスを提供しようとするのであれば、免許の有無に縛られずにすぐに働き出すことが可能です。

そんな手軽さに、同じサービスを国を越えてシームレスに提供できてしまうプラットフォームとしてのアプリの威力を感じます。

「アプリ渡り鳥」は潮流となるのか?

ブラジル人がアプリを使ってポルトガルで働いている、なんて話を聞いていると、日本の都市部でもアプリ・サービスを支えてモノを配達する日本人に外国人が混じることがあるのではないかと考えましたが、それもすでに特に珍しいことではなくなっているようです。

今から20年前、学生の頃に旅先で知り合った人がそうで衝撃を受けたのが、夏は北海道の鮭の加工場で働き、春・秋は沖縄、冬はまた北日本のスキー場で働いて・・・という、いわゆる「渡り鳥」的な働き方をしている人たちの存在でした。

すると、こうしたアプリを使えば、海外を「渡り鳥」的に働けるのではないか?

実際に一部で可能になっているものの、しかしもちろん、必ずしも歓迎されることばかりというわけではありません。

まず、市民権の問題。就労許可や所得に対する課税は、当然各国のルールが適用されます。

ほとんどが真面目に収入を得るための渡航であるはずですが、当地からポルトガルに渡る人の間には、市民権を得ていない身分でありながらもすぐに収入を得たいがために、アプリに登録できる別のブラジル人の「名義を貸りる」、つまりその権利売買が行われているケースが報告されています。

仮に名義貸しが行われたとして、宅配を依頼する側のアプリに表示される配達員の顔写真と実際の配達員が別人だったら、やはり不安を感じます。そうしたほころびから、万が一のことが起こる可能性もあります。そしてそれらを理由に、アプリを通じたサービスの信頼性が低下することも考えられます。

そこで評価システムの登場です。出自の異なる者同士が契約関係を安心して結べるのかという指標がここで大切になってきます。

宅配アプリのように、大量の役務ニーズを個人に割り振って回す仕組みが登場したことで、用意されたシステムを自衛手段として用いる、アプリを利用する側の準備も必要になってきます。

国境を越えて生計を立てていく方法の多様化が進み、これからますます様々な人々が個人で働くようになることが考えられる日本。アプリを使った「渡り鳥」になってみるのもありですが、同時に「渡り鳥」を受け入れる側も、利用者としての意識は持っておいた方が望ましいのでしょう。

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