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EU・メルコスルのFTA交渉をどう見るか

ブラジルを含むメルコスル(南米南部共同市場)とEUの間で自由貿易協定の政治合意が結ばれたことは、米中貿易戦争の当事者首脳が出席することで注目されたG20の会期中に間に合わせるかのように飛び込んできた、ビッグニュースでした。

メルコスルは、ブラジル・アルゼンチン・ウルグアイ・パラグアイが加盟する、南米大陸でも大西洋側の国々からなる共同市場体です。

数字でメルコスルを見てみます。域内人口は2億6370万人、うちブラジルが2億940万人とを約8割を占めています。域内GDPでも、やはりブラジルが81%を占めます。対するEUは、人口が5億1320万人でメルコスルの倍GDP規模は、メルコスルの7倍弱です

このメルコスル・EU間のFTA協定自体は、関係する32の全ての加盟国の議会の承認をこれから得る必要があるため、まだまだ各国の思惑が交錯することになるでしょう。最終的な発効の時期は読めませんが、当地の報道によると、ブラジルの外務省関係者は発効時期を2~5年以内と見立てているようです。

逃がせなかったタイミング

上の記事の分析にもあるように、今はメルコスル側の主要国であるブラジルとアルゼンチンの政治的な足並みがちょうど揃っているタイミングに当たります。

ブラジルのボルソナーロ大統領は今年1月に就任。一方、経済危機からなかなか抜け出せないアルゼンチンは、4か月後に控えた選挙でのマクリ大統領の再選に黄信号が灯っています。その「窓」が開かれているのは10か月間。まさに間隙を縫っての合意取り付けで、政治実績を挙げるという両国トップのメリットが優先されたという印象を受けます。

そういう意味で、発効までにはまだまだ"すったもんだ"が起こりうると考えています。EU内の議論はさておき、メルコスルは元々あまり一枚岩ではなく、両国の政治状況により、簡単に加盟国間の関係が軽視あるいは重視され続けてきた経緯があるからです。

国内産業の保護に走ってきたブラジルは、メルコスル域外から持ち込まれる車を始めとした工業製品に高い関税をかけ続けています。メルコスル内の取引にしても、輸入割り当てが設定されてきました。また、他の加盟国の承認なく関税を減免できる特例が2021年まで有効となっており、これを利用してブラジルだけに有効な関税引き下げも実施しようかとも実は国内で議論されています。

時間のかかる加盟国間の協議は敬遠され、それぞれの国の事情を尊重することが優先されてきているのです。

具体的な影響が見えてくるのはこれから

メルコスルとEUの間で利害の対立が大きい製品としては、欧州の産品ではワインが挙げられます。アルゼンチンはメンドーサ産のワインが有名で、ブラジルでもこの15年余りでワインの生産が増加しこれから輸出が本格化するという中で、本場欧州のワインの存在感が自国市場で増すことに抵抗があるとの声が上がっています。

欧州の工業製品で見ると、FTAが発効すると欧州に生産拠点を持つメーカーには有利となります。ブラジルは現在、(別途協定のあるメキシコを除いて)域外から輸入される完成車に対し、WTO規則で認められる35%の関税を課しています。これの段階的な削減が今回の政治合意に含まれていると言います。

自動車部品では、ブラジル国内で調達不可能なものを除き、14~18%程度の関税が課せられています。FTAが本当に発効すれば、調達先の振り替えも考えられるため、ブラジル国内に生産拠点を構える部品メーカーは最もその影響を受ける可能性があります。

ここで、FIAT、VolksWagen、BMW、Renaultなど、ブラジル国内に工場を持つ欧州系の完成車メーカーがこのFTAにより特別有利になるかというのは、サプライチェーンが高度に複雑化し、メーカーの製造拠点も分散しているため判断が難しいところです。

日系メーカーを含めて、ブラジル国内で完成車を生産している各社は、部品の国内調達率を上げることを条件にブラジル政府の税制優遇を受けており、大衆車からSUVまでを現地生産しています。雇用の確保を至上命題として国内投資を各社に義務付けてきたここ20年弱の政策が、競争力強化を名目とした市場開放に一気に動くことに対しては、一定の抵抗が示されるのではないかと考えます。ブラジル自動車工業会(Anfavea)は、FTAの条件がより具体的になるまではコメントを差し控えるという立場を示しています。

吉と出るか、凶と出るか

これまで保護主義色の強かったブラジルでは、コストや技術の面で競争力が相対的に低下していることもあり、現時点ですでに脆弱になっている経済に対して、FTAの発効は打撃の方が大きいのではという印象を受けます。

とはいえ、農業国でもあるブラジルにとって一概にデメリットばかりではありません。食肉大国ブラジルやアルゼンチンを前に、EU内の足並みが揃うかも不透明です。今後の分析や各国での承認の進み方を注視なければなりません。

メルコスルは南北に連なるアメリカ大陸にこそ位置しますが、歴史的にも文化的にも、北米よりも欧州の方に強いつながりがあります。

旧宗主国を含むEUという地域と、旧植民地からなる地域の自由貿易が実現しそうという点では、ブラジル大統領の表現を借りれば「歴史的」な合意です。ただその議論の中身は至って現実的なもので、今後の影響については様々な憶測が出てくることになると考えられます。

企業としては今すぐに判断できるテーマではありませんが、メルコスル側各国、特にブラジルの議会のロビー活動は、注視する必要がありそうです。

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