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マイクロモビリティは車社会に定着するのか

朝令暮改との批判もありつつ、その柔軟性がイノベーションを受け入れる下地になっているブラジル

この数年の間に広く普及したものに、ライドシェアサービスがあります。今年5月の株式公開を前にUberが公表した資料によれば、2018年のブラジル国内での同社の売上高は9億5900万ドルで、国別でアメリカに次ぐ世界第2位の規模となっています。

ブラジル最大の都市サンパウロは、ニューヨーク、サンフランシスコ、ロサンジェルス、ロンドンと並び、Uberの売上の24%を占める上位5都市の1つだともされています。

ライドシェア・サービスがここまで普及した理由の1つは当然、その手軽さが利用者の支持を集めているからです。さらに、議会を舞台に利害関係者の調整が行われ、サービスが合法であるとの裏付けと行政の関与が明確になってこそ、サービス提供側も利用者も安心して利用できるようになるものでしょう。

電動キックボードは登場してまだ半年あまり

昨年10月頃からサンパウロ市内で目に付くようになった電動キックボードのシェアサービスは、今まさに、そうした法制化へ向けた協議の真っ只中にあります。

車のライドシェアサービスに比べて移動範囲も車両のサイズも小さく、操縦者の免許も不要なマイクロモビリティと呼ばれるものですが、「電動キックボード」の「ライドシェアサービス」という、これまでの法令で想定されていなかった乗り物の新手のサービスが登場したわけですから、市民から歓迎の声も上がれば、疑問の声も上がるのは当然です。

6月26日には、サンパウロ市内で市長を含む行政、交通工学、交通事業者らを招いたセミナーも開かれ、このサービスのあるべき姿とその規制方法について、活発な議論が行われている様子を見ることができました。

タクシーとライドシェアは一応の折合いをつけた

比較参考までに、Uberに代表される車のライドシェアサービスでは昨年、自治体レベルで独自に規制を定めてよいことが連邦法で規定されています。それまでは、こうしたサービスに対する条例を自治体が定めることの根拠がなかったので、まず全国的に効力を持つ連邦法を策定することから始まったのです。

これを受けてサンパウロ市では、ドライバーの登録制度、講習受講の義務付け、最低車齢の設定、サービス提供会社を識別する標識の車両への掲示などが定められました。この4月から施行されています。

また、タクシーを公共交通機関として定めることでライドシェアサービスとの棲み分けも図られています。タクシーにバスレーンの通行を認めることで、渋滞の多いサンパウロで営業する上でのアドバンテージをタクシーに与えています。

ソフトバンクも注目するGrow

電動キックボードのライドシェアサービスで代表的な企業には、Yellow及びGrinのブランドでサービスを提供しているGrow社があり、このディスカッションにも登壇しています。

中南米投資に特化したソフトバンクのイノベーション・ファンドが年内にも同社に投資を行なうとの報道も、今年4月に行われています。

サンパウロ市内の電動キックボードに関する議論では、ヘルメットの着用義務、通行帯規則、乗り捨てのキックボードによる歩道占拠の是非などが論点とされています。

これらの点でお互いに落としどころを見つけることができ、条例として法制化されれば、事業者側には最大都市サンパウロの事例をブラジル全国の都市でも提案していけるというメリットも得られます。

積極的に仕掛ける民間事業者

マイクロモビリティー企業のGrow社(従業員2千人、26都市でサービス展開)は、自治体による規制を待たずに、自社のサービスを根付けさせるために側面活動を展開しており、その例として以下のものを挙げています:

①Growモビリティースクール
電動キックボード利用中の95%の事故が、最初の5回の利用の間に起きていることを発見。乗り方が分からない人向けに、公園などで安全な利用方法を指導している。路上利用が認められていない18歳未満の児童も、ここでサービスを体験可能。

②啓発キャンペーン
メディアやSNS、Grin・Yellowの自社アプリ上でメッセージ表示による啓発。貸出し前にメッセージや動画を表示。

③自治体との協力
売上げの一部を、自転車レーンの整備・メンテを行なうためのサンパウロ市のファンドに積み立て。これを原資に実際に市役所が自転車レーン(電動キックボードも走行可)を整備した事例も。

議論の的となっているヘルメット着用の義務化については、Growはマイクロモビリティー普及の妨げとして反対の立場を示していますが、一方で安全啓発の観点からヘルメットの配布活動を行なっている、ということです。

電動キックボードは普及するのか

南米のほとんどの都市は、車優先社会です。そのため、マイクロモビリティーを導入するのにそもそも適しているのか、危険ではないのかという疑問も投げかけられています。これについては「普及が進むことで自治体の政策や市民の行動様式も変わっていく」というのが事業者のスタンスであるようです。

実際に自転車のシェアリングサービスは、市内の自転車専用レーンの整備と相まって、通勤時間帯のオフィス街で定着が進んでいます。地下鉄の整備が進まずきめ細かい路線網もなければ、バスよりも短距離で小回りの利く移動にニーズがあるサンパウロならではの光景が見られます。

行政と事業者がディスカッションで最も強調していた点として、多発する交通事故が社会問題となっているサンパウロにあって「社会の資産としての人命を守ること」こそが最も優先されるべきだということでした。

その原則とサンパウロの現実に沿って、大都会のど真ん中でダイナミックに展開されるマイクロモビリティの社会実験を、今後も間近でフォローしていきたいと思います。

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