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国際政治の道具と化しているアマゾン熱帯雨林の火災問題(4)

前回(3)で述べたように、ブラジル国内でもアマゾン熱帯雨林の火災が着目されるようになったのは、サンパウロの空が昼間なのに真っ暗になった8月19日からこちらの話で、実はそれからまだ1週間も経っていません。

サンパウロであれほど不気味な現象が起きても、この時はまだアマゾン熱帯雨林での火災に世界中の目は向けられていませんでした。そして翌20日には、その現象の原因が森林火災にあったことを、様々な分析機関に取材を通じてメディアが明らかにします。

そして8月21日朝、大統領が公邸の前で行なう恒例の記者会見で、記者がある質問をぶつけたことがきっかけで、いよいよこの問題が世界中に拡散します。

「森林火災の原因は、NGOこそ疑わしい」発言

森林火災増加の原因は何かと記者から問われたボルソナーロ大統領は、アマゾン地域での火災件数の増加には、環境保護活動を行なっているNGOと関連があるのではないかと答えます。

曰く、ドイツとノルウェーの両国が相次ぎアマゾナス基金への拠出を中止したことでNGOが資金源を断たれたタイミングと森林火災の増加の時期が一致しており、確定的な証拠こそないものの、疑いがあると見ていることを明らかにしました。

その上で、ブラジル政府に批判の矛先を向けるために犯罪行為が行われている可能性があり、我々は今その戦いに直面しているのだ、と続けます。また、今後はそうした犯罪を取り締まり、犯罪者を探し出す必要があるとも述べています。

さて、この大統領の発言に対しては、「NGOへの責任転嫁だ」と一笑に付す見方もありました。現に、そのニュースこそがアマゾン熱帯雨林の火災の深刻さと具体的な手を打たない政権への批判とともに世界中に拡散したのです。

大統領は、政府として手が打てない理由に財政難を挙げましたが、その後、州政府の要請に応じて軍の派遣を認めることを決めているため、対応の遅れは批判されるべきです。

一方でこのNGOへの責任転嫁については、ボルソナーロ大統領の発言を鵜呑みにするわけではありませんが、その可能性は決してゼロではないとも考えています。

NGO全体を一括りにすると誤解を招くので言い換えますが、環境保護活動で利益を得ていた側の一部にそうした動きが出てきても、完全に否定しきれないのです。

これは(1)でも紹介したブラジル国立宇宙研究所(INPE)の森林火災の検知件数の推移です。

今年に入ってから検知された火災件数は76,000件余りですが、実にその約半分にあたる49,000件が、今月1~21日の間だけに検知されています。しかもその間にアマゾン地域で検知された火災の件数は全体の65%だったと言いますから、つまりこの8月のわずか3週間の間に30,000件の火災がアマゾン地域で検知されたことになります。この数字だけ見ると、どうも不自然さが拭えないのです。

もちろん、政府の取締りが甘くなった可能性もあります。また大統領も述べていますが、大農場主が火災を引き起こしている可能性ももちろん否定できません。ただその場合、先進国を中心とした穀物や食肉の輸出先国に目を付けられる行為を、彼らがこのタイミングで自ら進んで行なうかは疑問です。

別にここで犯人捜しをする意図はありませんが、1つ分かっているのは、火を放ったのが誰なのかを証明するのは誰にも至難の業だということです。

アマゾン熱帯雨林の気の遠くなる広大さ

少し趣向を変えて、それがどれくらい難しいことなのかを簡単に想像いただけるような実験をしてみます。

上の地図の中心には、アマゾン地域最大の都市・マナウスが見えています。東西に貫いているのはアマゾン川です(正確にはマナウスから東側がアマゾン川本流です)。

個人的にこの川と街の位置関係を眺めていると、マナウスを日本のどこかに例えるのなら、「東京都と荒川で隔てた埼玉県川口市のようなものか」と想像します。これと同じ縮尺で、日本周辺に地図を合わせてみるとどうなると思いますか?

こうなります:

つまり、上の画像で見える緑の絨毯の全てが森林なのです。

上空から眺めると、誰が最初に言ったかは知りませんが「緑の地獄」とした形容に思わず納得してしまうほど気の遠くなる広さです。時には、文明に未だ接触したことのない民族がこの中から発見されることもあるほどです。

これだけ緑が豊富だからこそ、東京都1つ分が1ヶ月で消えてしまうような森林伐採が進んでしまうこともあるのです。もちろん、それが望ましいことだとは思いませんが。

こういう土地ですから、香港のデモのように、その辺に監視カメラを置いて参加者の顔認識を行なえるような環境にはありません。何せアマゾン地域の面積は、521万平方キロもあるのです。これは、447万平方キロのEUがすっぽり入り、日本が14個も入る規模なのです。

私自身も、アマゾン川の船上から森を何日も眺めたり、バスで突っ切ったり、飛行機から見下ろしたり、車で延々と走ったことがあります。しかし、アマゾン熱帯雨林の広さは人間の感覚では捉えきれないものがあります。そんな農業フロンティアと森が接する土地には警察力が適切に及ぶかも怪しく、そこにどんな人間がいて何を考えているかなど、完全には分からないものです。

万が一の話ですが、この3週間の森林火災の増加が、本当に過激な環境保護活動で利益を得ていた側の一部が反政府デモとして意図的に行なったためだったとしましょう。それは重大な環境犯罪行為ですし、国際問題に発展しかねない一大事です。この火災がそうした性格のものではないことを心から願っています。

ここでお伝えしたかったのは、アマゾン熱帯雨林を取り巻く問題や数字の陰にどんな真実が潜んでいるかを把握するのは、それほどまでに難しいということです。

世界中に拡散される「アマゾン森林火災」の画像

アマゾン熱帯雨林に対する大統領の無策ぶりと、選挙戦の頃から変わらない左派イデオロギーへの執着が8月21日に大々的に報じられると、それに呼応するように、「prayforamazon」のハッシュタグとともにアマゾンの森林火災を謳ったセンセーショナルな写真が、言語を越えてSNS上に氾濫します

政治家や世界的に有名なサッカー選手、日本でも有名芸能人が写真とともにアマゾン森林保護への連帯を呼びかけました。これは驚くべきスピードで拡散し、もはやブラジルだけのニュースではなくなってしまいました。

しかし残念ながら、一部では全く関係のない地域や今回の火災のものではない写真を用いてSNS上での呼びかけが行われていました。アマゾン熱帯雨林は、有名である一方で捉えどころがなくイメージが先行しているからでしょう、安易な拡散が助長されたように思います。

フランスのマクロン大統領は、やはりそうした画像と共に、アマゾン熱帯雨林を「我が家」と表現し、「地球上の酸素の20%を生み出す肺が燃えている」として、今週末のG7で協議するテーマの1つに据えることを提案します。

このツイートに対しては、ブラジルの領土を「我が家」と表現したことについて植民地主義的だとのブラジル国内での反発や、あるいは生産される酸素の20%はほぼ全量が域内で消費されているので地球の肺という表現は適切ではないとの反論がメディアやSNS上で行われています。

また、続く大阪G20サミットの間にブリュッセルで政治合意に至ったEUとメルコスール(南米南部共同市場=ブラジル・アルゼンチン・パラグアイ・ウルグアイが加盟)のFTAの政治合意を引き合いに出し、気候変動の脅威に対する世界全体での対応強化を定めたパリ協定へのブラジルの批准がFTA政治合意の条件だったはずだとし、それを反故にするボルソナーロ大統領を「嘘つき」と非難しました。

その後も両大統領の応酬は続いていますが、ブラジルにいる人間からすると、タイミングよくポピュリズムの道具に使われた感は否めません。

また、アマゾン熱帯雨林というテーマが、いかに国際政治の道具として扱われやすいのかということも、改めて浮き彫りにされた気がします。


次回(5)では、EU・メルコスールの通商面での影響についてブラジルからの見え方をまとめてみます。

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