![Twitterっぽいアイコン](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/9645513/rectangle_large_type_2_79b1b921d47c3935c7308ed4e52a70cf.jpeg?width=1200)
Twitterに踊らされるな
珍しく愚痴である。基本的にはnoteはポジティブなことを書くようにしている。だがたまには例外もいいだろう。今回は教訓的なものもあるので。
タイトルの通り、Twitterに踊らされるな、これである。Twitterはまるで毎日がお祭り騒ぎだ。だからこそ異常な空間であることも忘れてはいけない。
そう、お祭りの盛り上がりなのだ。終われば各自が散り散りとなって帰途につく。さっきまでの盛り上がりは嘘のように静かな水面に帰る。
Twitterのいいねやリツイートも一過性
そう、この感じ、noteのスキが増えつつあった頃の感覚だ。ただnoteよりもその増加も減少も傾きが大きいから激情的なのだ。そこが少し麻薬に似ているというか中毒性につながる気がする。
一方で、烏合の衆というか、その場のノリや雰囲気で拡散したりいいねされたりしているだけと言うことも忘れてはいけない。Twitterって結構怖いな、そう感じた。
情報を発信する側になると、そういうことも味わうようになる。なんというか、何なんだろうねSNSは。きちんと付き合い方を決めて扱わないと振り回されておしまいだ。
Twitterは糸電話
どこかの誰かが勝手に糸をつないでつぶやきに反応したり、飽きたから糸を切って聞くのを止めたり。そんな感じだ。子供の遊びに近い。そこに大切な何かをかけて活動するってのは、だいぶ危険だなと感じた。
確かに情報伝達ツールとしては便利な側面もあるが、メールほどきちんと伝わっているか・読まれているかはかなり疑問だし。ダイレクトメッセージはどちらかというとメール的側面がある。が、つぶやきはやはり情報の垂れ流しにはいいが、その程度だ。そこからのフィードバックに何かを期待すると振り回される。
Twitterは情報伝達手段と情報収集手段であって、感動の受け渡しに使おうとすると失敗する
私はInoreaderを使ってTwitterから情報収集をする使い方をし始めて、Twitterの良さを知った。今回は情報を発信する側になって感じたことを記事にした。いいねの多さに驚いたり、リツイートがされて嬉しかった。
だが、それもお祭り騒ぎ。あるとき突然ピタリと収まる。これがビックリする。何なんだ?となる。Twitterの通知内容も絞った方がいいかもしれないね。いいねやリツイートの大小はノイズにしかならない。そう感じた。
noteのスキと一緒で、気にし出すと振り回される。たくさん集めようと必死になってしまう。そんなの生活に何の影響も与えないのにね。精神的な焦燥感につながるから恐ろしい。
Twitterの向こう側にいるのは人なのかアカウントなのか?
当然人なのだが、人だと思うと失敗する。たくさんのフォロワーが期待している、待ってくれている。そう思うと失敗する。
大して誰も期待してないよ?盛り上がっているから便乗して騒いでいるだけだよ?アカウント数が騒いでいるだけなのだ。例えばもののけ姫の児玉が騒いでいるような物。よく知りもしない他人が盛り上がりに乗じて騒いでいるだけなのだ。他人でしょ、その人たち、あなたにとってどんな存在なの?そもそも誰?
なんで期待に応えようとして今の自分の生活まで変えるの?無理するの?ペースアップするの?壊れるのは自分なのに。
Twitterは、道具。使うべきであって「使われるべきじゃない」
今回の結論はこれ。
これからはTwitterの通知設定内容を見直すことにします。
何か頑張って急いでBTCプラグインを無料公開にこぎつけた自分が愚かだと感じた(笑)
今回の創作活動は約15分(累積 約735時間)
(271回目のnote更新)
読んでくれてありがとう。気長にマイペースに書いてます。この出会いに感謝😊