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政治講座v149「日韓併合により韓国はどれだけ発展したのかの解説写真。韓国の被害妄想は米国の占領政策 『War Guilt Information Program』の一環 である。 英国が「韓国は真っ先に消える国」声明、外資金融が一斉撤退へ。遂に経済崩壊来るか?」

李承晩による捏造歴史教育から歪んだ反日教育が収まる事がなく、戦後77年経ても一考に恨みを抱く民族には哀れさを禁じ得ない。これだけの事実を見ても千年の恨みを抱き続ける民族、李氏朝鮮時代に祖先返りしているとしか言いようがない。今回は写真を見ると恨みとは無縁の「感謝される」ことを日本は韓国に施してきたことが分かる。韓国の経済がデフォルト状態と噂では聞く。1997年12月3日に韓国が通貨危機(国家破綻の危機)が発生。その後のリーマンショックで、2008年から2009年にかけて大韓民国の通貨大韓民国ウォンの価値が大幅に下落したことに伴う通貨危機には日本の通貨スワップで危機を脱したが、恩を仇で返す行動をとり、竹島に李明博大統領は上陸するなどの非常識の反日行動をとり、2015年には通貨スワップは取りやめとなった。現在、ウオン安が続いており外貨準備金不足が囁かれ、国家のデフォルトが囁か有れている。そして、韓国内から外国企業や外国銀行も一斉に脱出する様子が顕著になってきている。そして、日本国民も堪忍袋の緒が切れるて、非韓三原則(助けない、教えない、関わらない)を貫くことであろう

            皇紀2682年2月17日
            さいたま市桜区
            政治研究者 田村 司

はじめに

孫子の兵法より。

勝を知るに五あり。
戦うべきと戦うべかざるとを知る者は勝つ。
衆寡の用を識(し)る者は勝つ。
上下の欲を同じくする者は勝つ。
虞を以て不虞を待つ者は勝つ。
将の能にして君の御せざる者は勝つ。
此の五者は勝を知るの道なり。
故に曰わく、彼を知り己れを知れば、百戦して殆うからず。
彼を知らずして己れを知れば、一戦一負す。彼れを知らず己れを知らざれば、戦う毎に必ず殆うし。

現代語訳にすると、

勝利を知るための条件が五つある。
戦ってよいときと戦うべきでないときをわきまえていれば勝つ。
兵力に応じた戦い方を知っていれば勝つ。
上下の人々が心を一つに合わせていれば勝つ。
万全の態勢を整えて油断している敵に当たれば勝つ。
将軍が有能で主君が将軍に干渉しなければ勝つ。
これら五つが勝利を得るための条件である。だから「敵を知り己を知っていれば百戦しても破れることはなく、敵を知らず己のみ知っているのでは五分五分で、敵を知らず己も知らないのでは戦うたびに必ず破れる」と言うのだ。

韓国は日本を敵視していることは事実である。決して友好国や同盟国ではない。韓国の国土に日本人救出のために上陸したら北朝鮮とは戦わず日本と戦うと公言している。日本人に対しては敵意しかないのである。もし我々が韓国旅行で有事が起こった場合は、殺されかねないので覚悟の上で韓国旅行をされたい。レーダー照射事件は氷山の一角。

日本併合前の朝鮮の社会の解説

室谷克実著 『崩韓論』飛鳥新社、から引用する。「第8章 韓国人は世界一の嘘つき民族だ」より解説。韓国人を端的に示す四字熟語「外華内貧」であり、中身はボロでも構わないから外側だけはピカピカに飾り立てたいというマインドである。「韓国人は息を吐くように嘘を付く」と言われる。だから嘘を付いても謝らない。逆に他人に対しては謝らせたくて仕方がない性分である。嘘がバレたときは火病るのである。火病とは韓国独特の病気で精神疾患の一種である。朝鮮民族に顕著にみられる 精神疾患と指摘されている病気で、因習として行われた近親相姦で朝鮮民族のDNAが累積された結果ともささやかれている。
「韓国で2010年に偽証罪で起訴された人は日本の66倍、日本の人口が韓国より2.5倍多いことを勘案すれば、165倍にも達する。誣告事件も日本の305倍に達する。」
韓国は構造的な超差別社会である。韓国人による韓国人に対する差別、半韓国人(中国の朝鮮族、脱北者、在日韓国人・朝鮮人)に対する差別、そして外国人に対する差別・・・様々あるが、今日の韓国社会を特徴づける差別は、職種に対する強烈な貴賤意識と学歴崇拝主義が一体となり、事実上の身分制度を形作っている。
この国の左翼とは、「王党派」、すなわち、北朝鮮の世襲王朝への賛美・追従者であり、固定的身分制を容認しているのである。マルクス主義とは縁もゆかりもない。
実は、韓国産業社会のこのような社会構造は朝鮮李王朝からの引き写しである。李王朝は「両班(貴族)ー中人ー常民ー奴婢ー白丁(被差別民)」という世襲身分制度の国であった。

日本併合前の朝鮮の写真

https://ccce.web.fc2.com/si/oldkorea.html
Seoulの韓国人

朝食後に農作業が始まるが、どんな仕事でも正午には終わり、再開は決まって翌朝である。昼食を済ませると、男達は昼寝をするか、あるいは街頭に繰り出し、長いキセルをくわえながら互いの間で、あるいは通行人と話を交わしつつ夕食まで時間を過ごす。(ガリーナ・ダヴィドヴナ チャガイ 『朝鮮旅行記』)
かたや日本の農作業は日の出と共に田畑に出かけて農作業をした。そして、日没まで働いていた。

キムワンソプ(金完燮)はこう言っている 『親日派のための弁明』
『親日派のための弁明』(金完燮著)は、韓国側から「日韓併合」を全面肯定した驚愕の本である。日本では発売から2か月たらずで30万部を売り上げているが、韓国では、国是ともいうべき「反日歴史認識」に反逆したカドで「青少年有害図書」に指定され、著者自身は「名誉毀損(きそん)」と「外患扇動の罪」で逮捕された。現在はオーストラリアに亡命生活を続けていると噂に聞く。
近年では、李栄薫 編著 『反日種族主義』文藝春秋 2019.12.15 第6刷発行 がある。この著書には日韓危機の根源は韓国は「嘘を付く国民、嘘をつく政治、嘘つきの学問、嘘の裁判」と問題の本質を言い当てている。
国際条約は守らない盗んだ仏像は返さない、漢字を捨ててハングル文字にして、焚書政策で国民に真の歴史文献から遠ざけたのである。だから捏造歴史がまかり通るのである。

・現代韓国人が知らない日本統治以前の奴隷社会


死亡当時、すべての朝鮮人にとって呪いの対象だった閔妃が、今になって自主独立の殉教者として華麗に復活した現象は、韓国人が直面しているアイデンティティーの混乱を端的に示すものだ。
韓国人が朝鮮王朝を慕い、日本の統治を受けず朝鮮王朝が継続したなら、もっと今日の暮らしが良くなっていると考えるのは、当時の朝鮮の実態についてきちんと分かっていないためだ
特に子供と青少年は、きれいな道ときれいな家、整った身なり、上品な言葉遣いのテレビの歴史ドラマを観ながら、朝鮮もそれなりに立派な社会で、外勢の侵略がなかったならば、静かで平和な国家を保てたろうと錯覚する。

しかし日本が来る前の朝鮮は、あまりに未開で悲惨だったという事実を知らねばならない。


下の写真の独立門は1897年11月20日完成ですのでそれ以後の写真。独立門は日清戦争により日本が清に勝利し、清からの朝鮮の独立を認めさせ建てられた。ですが韓国では「日本からの独立」を記念する門であると勘違いしている人が多い。

韓国では「日本からの独立」を記念する門であると勘違い
ソウル 東大門通り


1880年代のSeoul(漢城府) 南大門大通り
Seoul(漢城府)中心街 通りに面した藁葺きの建物は商店


Seoulの様子


韓国人の女性たち 
母乳を見せるのが当時の因習であった。
妊娠できる女性である証拠、
母乳がでる証拠(セックスアピール)としていたようである。
民族衣装の韓服について中国ともめたようである。


Seoulの韓国人・Color補正版
猫車


英国人女性旅行家 Isabella L. Bird が朝鮮を訪れたのは、1894年、62歳の時である。以後3年余、Bird は 4度にわたり朝鮮各地を旅した。

折りしも朝鮮内外には、日清戦争、東学党の反乱、閔妃暗殺等の歴史的事件が続発する。国際情勢に翻弄される李朝末期の不穏な政情や、開国間もない朝鮮に色濃く残る伝統的風土・民俗・文化等々、Bird の眼に映った朝鮮の素顔を忠実に伝える名紀行。
「朝鮮紀行」("Korea and Her Neighbours")に書かれている李朝末期(約100年前)の朝鮮の姿は凄まじい

貨幣制度が(ほとんど)ない。
ソウルは世界有数の汚く悪臭のする都市
一般民衆の住む場所は藁葺きのあばら屋で、通りからは泥壁にしか見えない。
道はとにかく悪い。道端には人糞が溢れていた。

Bird が見たSeoul

都会であり首都であるにしては、そのお粗末さはじつに形容しがたい。礼節上二階建ての家は建てられず、したがって推定25万人の住民は主に迷路のような道の「地べた」で暮らしている

路地の多くは荷物を積んだ牛同士が擦れ違えず、荷牛と人間ならかろうじて擦れ違える程度の幅しかない。おまけに、その幅は家々から出た糞、尿の汚物を受ける穴か溝で狭められている

酷い悪臭のするその穴や溝の横に好んで集まるのが、土ぼこりにまみれた半裸の子供たちと、疥癬もちでかすみ目の大きな犬で、犬は汚物の中で転げまわったり、日向でまばたきしている。

ソウルの景色のひとつは小川というか下水というか水路である。蓋のない広い水路を黒くよどんだ水が、かつては砂利だった川床に堆積した排泄物や塵の間を悪臭を漂わせながらゆっくりと流れていく。水ならぬ混合物を手桶にくんだり、小川ならぬ水たまりで洗濯している女達の姿。

周囲の山々は松の木が点在しているものの、大部分は緑がなく、黒い不毛地のうねりとなってそびえている。

Seoulには芸術品がまったくなく、公園もなければ見るべき催し物も劇場もない。他の都会ならある魅力がSeoulにはことごとく欠けている

古い都ではあるものの、旧跡も図書館も文献もなく、宗教にはおよそ無関心だったため寺院もない、結果として清国や日本のどんなみすぼらしい町にでもある、堂々とした宗教建築物の与える迫力がここにはない

胸を露出している女性の服装は、現在の韓国の民族衣装であるチマチョゴリの原型です。家の跡取りである長男を出産した女性にしか胸の露出は許されず、乳出しは当時の女性の誇りだったようです。

韓国の嘘の歴史教育(捏造歴史)



5000年の偉大な歴史と文明を持ち大帝国を築いたと教育されている。

韓国の歴史教科書では、江戸時代に朝鮮の使者が日本の首都に訪問すると"江戸の野蛮な市民たちが"「文化を教えてくれ!」と哀願したとして、韓国の子供たちに誇らしく伝えられいる。しかし、

朝鮮通信使の江戸時代に描かれた江戸の屏風


韓国人も本当の歴史を教えられていない為「韓国は未開で野蛮人だった日本に文化を教えた」という著しく誇張された歴史観は韓国人の誇りであるようだ。

山々には緑が一本もない状態


朝鮮の真実(証言集)


ビショップ夫人著「30年前の朝鮮」より

「市民は地上に瓦または藁を並べた平屋の下に潜り込んで生活している。いや不潔な道路に蠢動していると形容した方が良いだろうか。その道路は広くても二頭の馬が並べるほどではない。
狭いところで大きな荷物を担いだ人が通ると、それだけで往来を塞いでしまうほどである。道路のはしには悪臭が辺り一面臭ってくる溝があり、路面は埃まみれの半分裸の子供達と、猛悪な犬とによって占領されている。」
「下水道は、市内の汚水を昼夜絶え間なく城外へと排せつしている。そのため、下水道の泥は真っ黒で、 遙かな昔からの汚水によって染められ悪臭を空気中に放散して旅人を悩ましている。

「ソウルは汚いことと臭いことでは世界一である。」



イザベラ・バード

「商店も概してみすぼらしいのは同じである。在庫品全部買っても6ドル程度の店が沢山ある。・・・ 何も特徴がないのが特徴である

・・・の他にある安価な灯油ランプ、手鏡、安物臭い花瓶などといった外国製の不要品から一番くだらない物ばかり選んできたような品々は、どれをとっても悪趣味の極みとしか言いようがない。」

フランス人宣教師シャルル・ダレ「朝鮮事情」より抜粋

1871年から、1872年にかけて、驚くべき飢餓が朝鮮半島を襲い、国土は荒廃した。あまりの酷さに、西海岸の人々のなかには、娘を中国人の密航業者に一人当たり米一升で売るものもいた

北方の国境の森林を越えて遼東半島にたどり着いた何人かの朝鮮人は、惨たらしい国状を絵に描いて宣教師達に示し、「どこの道にも死体が転がっている」と訴えた。しかし、そんなときでさえ、朝鮮国王は、中国や日本からの食料買入れを許すよりも、むしろ国民の半数が死んでいくのを放置しておく道を選んだ。

統治時代の道知事 朴栄

公平無私なる観察を下すときは、いくら日本の朝鮮統治に反対しても善政は善政に相違なく、如何に伊藤博文公を毛嫌いしても公の真意には感謝せざるを得ない、とはある評者の言であった。究意するに韓国を亡ぼしたのは日本でもなければ之を責めるにも当たらぬ。また当時の李完用始め自余の責任者でもなければ之を攻撃するの必要なし。

朴泰赫

日本人地主は韓国人の小作人の間で、きわめて評判が良かった。日本人がやってきてから、改良された堆肥を奨励したし、化学肥料が配給されるかたわら、改良品種や、進んだ農業技術を導入したので、収穫が増えたし、農地開拓と河川整備を進めたので、村人の生活水準が大きく向上したからだ。

それに日本人地主は、昔の両班たちよりもはるかに寛容だった。両班のように小作人(ソチクイン)である常人を理不尽に苛めるようなことがなかったし、不作のときには、小作料を安くしてくれた日本人地主のほうが、物わかりがよかった。

だから、日本人の地主は人気があった。みんなは、韓国人の地主の小作人となるよりは、日本人地主の小作人になりたがったのは、当然のことだった。

日本人のもとで働いていた常人たちは、羨望の自で見られていた。日本人が所有していた農地は、独立後に、「敵産」(チョクサン)としてすべて没収された。しかし、日本人が今日の韓国農業の発展の基礎をつくったことは、否定できない。

金文輯

数千年にわたる過去の朝鮮、ことに李朝五百年史だけをとりあげてみても、完全独立の道などは一場の夢にすぎないことはわが朝鮮自身の常識である。

いわんや、最近50年の世界史相を展望するとき、朝鮮が微弱なまま一度自立してみようというのは最初から問題にならないのである。

基鎬(加耶大学客員教授)

十九世紀から二十世紀初めの帝国主義、列強諸国の時代、暗愚の李朝両班階級は、その挑戦に直面、固唾を飲んだままで無為無策だった。その失策は、あらためて糾弾すべきであって、日本帝国主義の植民地へと転落したことについて、責任を他国のせいにすべきではない

大いに反省すべきなのにもかかわらず、今日にいたるまでいつまでも錯誤を放置、愚純の感情に委せているわけで、今日のような歴史の初段は、当然再発すること、火を見るより明らかである。

高麗大学教授 金鉉球・鄭大均 「日本のイメージ」より抜粋

わが国の中・高等学校教科書を見ると、百済・高句麗・新羅三国の文化が日本に伝えられた話が出てきますが、その内容は日本古代史書である「日本書紀」を土台にしているもので、わが国の史書にはありません。(そもそも韓国に古代の文献はほとんどない

ところが、日本の学者が「日本書紀」を土台にして、古代日本が二百年余り朝鮮半島南部の伽耶(日本名任那)地域を支配したという「任那日本府説」を主張すると、韓国の学界ではそれは信じることができないと主張しています。
これは明白な矛盾であり、こうした姿勢ゆえに日本の学界が韓国の学界を軽く見るのではありませんか、という身の程を知らぬ質問をした。そしたらL教授は黙り込んで答えず、横に居られたC教授が「自信がないんだよ」とおっしゃった。

日本書紀」には日本が「任那日本府」という機構を置いて朝鮮半島南部を支配しつつ、三国文化を運んでいったようになっている。

しかし、韓国の中・高等学校では三国文化が日本に伝播される国際関係に関しては何の説明もされず、ただ高句麗・新羅・百済の三国が日本に文化を伝えた事実だけを教えている。

そこで学生達は日本を客観的に理解できずに、無条件、対日優越意識だけを助長する結果をもたらせた。外国に出かけたわが国の学生が「任那日本説」に接して戸惑うのも無理はない。

細井肇 著「漢城の風雲と名士」
(『政治史』第77巻、豚犬的生活五より)


「韓国内地を旅行すれば、路傍や街路中に累々たる黄金の花(人糞の比喩)が場所も構わずにあちらこちらに咲き乱れいて、足の踏み場もなく潔癖な人は一目その不潔さと臭気の酷さに驚くのである。・・・
(中略)
・・・現に、この国(韓国)の中央都会である京城(ソウル)のような、「韓国の帝都」と言われる都市でさえ至る所に人糞や牛馬糞を見ないことはなく、辺りに漂う恐ろしいほどの臭気は人の鼻を襲い目を顰めない人はいない。
さらに京城市内(ソウル市内)を流れている川には、そこに隣接する各家々から排せつされる糞尿が混じり、川の水は黄色に染まり、ドロドロとなっているなど目も当てられない光景であるが、韓国人はその水を洗濯に使っている。
全く持ってとんでもない話である。毎年夏期になると京城(ソウル)では伝染病が流行し、その伝染病にかかる患者の殆どが韓国人であり、大流行時には何千人もの患者を出すことも珍しくはない・・・」

元京城控訴院判事 山口真昌氏の1908年6月の証言
(『朝鮮における司法制度の近代化の足跡』友邦協会編より)


「道路は非常に狭く、しかも糞尿は至るところ道ばたに落ちているという有様でした。
井戸水は混濁していて、風呂に入れば茶色の湯で、かえって身体が汚れるような感じで、飲料水は石油の空き缶一杯で何銭(当時のお金の単位)で買ってきて使用すると言う状態で(要するに飲料水は買わなければならなかったと言うこと)、
電灯は今だ一般の家庭には普及しておらず、私たちが当時借家としていた家にはその設備(電灯)が無いためランプを使用しておりましたが、冬になると寒気が激しく、石油が凍って段々と光りが薄暗くなり、仕事が出来ないほどでありました。」


1910年 日韓併合後も様子


日本支配初期のソウル


ソウル大通りの様子


平壌 路上には電車が走る


女子高等普通学校


ソウルの朝鮮銀行前
京城駅
南大門通り
1937年にソウルに開業した丁字屋デパート。ソウルにはこの他に、三越・平田・和信(韓国系)などの百貨店があり日本内地の流行を敏感に反映させながら競い合っていた。


1936年のソウル、南大門通り。左側が商業銀行。市電は複線になっている。看板の文字は真ん中がレートクレーム(化粧品の名前)、右側がキリンビール。
平壌府営業の市内電車。運賃は市内一律で5銭。
新興工業都市、興南。1942年撮影。朝鮮窒素肥料・日本マグネシウム・朝鮮鉱業などの工場が次々に進出した。



世界最大級の水力発電所、水豊ダム。 当時出力世界二位のダムで、朝鮮及び満州の電力をまかなった。

【朝鮮総督府政策一覧】

伊藤博文朝鮮総督

日韓併合に反対していた伊藤博文を暗殺したことが併合を早めたことを考えると安重根は韓国の英雄ではなく、併合を推進させた逆賊ではないだろうか。そのような正しい事実関係を知らずに冷静な歴史認識なしで殺人者を英雄視している。韓国は、殺人者を英雄視するなど、矛盾だらけであり、お笑い草であろう。

伊藤博文を暗殺した安重根(殺人者)


併合時(1910)~終戦時(1945)



教育の普及 ほぼ皆無小学校5,213校建設、生徒数2,389,135人
京城帝国大学創設(1924)、旧ソウル師範学校(現ソウル大学)、梨花女子大など1000校以上建設
朝鮮国民に教育を実施し、就学率を61%まで高めた(1944)
ハングルを整備し体系化させ、漢字、日本語と共に普及させた
識字率  3-8% → 80%
人口 1313万人 → 2,512万人(1944)
平均寿命 24歳 → 56歳
鉄道 3,827km敷設
耕地面積 246万町歩 →449万町歩
水田面積 84万町歩 →162万町歩(1928)
石高(米の生産量)約1千万石 →2千万石(1930)
反当たり収量 0.49石 →1.49(3倍)
植林 禿山に30年間で5億9千万本を植林
ため池(韓国国内のため池の半分は、いまだ日本帝国謹製)
■ 朝鮮の不統一な度量衡を統一し、貨幣価値の安定と物資の流通に資した
(モノを受けるときは大きなマス、売るときは小さなマスを使っていたリャンバン特権剥奪)
地籍の整備 耕地を耕作者の所有とみなし朝鮮の大多数を占める農民の地位と生活を向上させた
■ カオスな朝鮮半島に、人身の自由、私有財産の保障、法のもとの平等を導入
幼児キーセン呪術的医療の禁止
■ 李氏朝鮮の残虐な拷問を廃止
(日本人相手に殺人を犯した金九でさえも一年半で刑期を終えるように罪刑法定主義を徹底)
■ 家畜階級にあった朝鮮女性に対して名前をつけるように要求し、家長の権限を制限
■ 洪中将、金ウンソン少将など、朝鮮人を分け隔てなく扱い、軍の高位に抜擢

強盗件数
昭和2年   1771
昭和7年   1261件
昭和12年  727件
昭和17年  394
強盗件数:朝鮮総督府『統計年報』より

日韓併合後、日本は朝鮮半島を日本本土と同じと考え日本国民の莫大な税金を注いで、朝鮮を近代化させた。然るに恩を仇で返す国と成り下がった。彼らは、この程度の国民性だったのである。

逆に日本本土の国民が貧しい生活を強いられて、5・15事件や2・26事件の軍事クーデターを誘発原因ともなった。伊藤博文が併合に反対した理由は朝鮮半島へのインフラ整備に膨大な資金が必要になることに反対していたのである。日本の敗戦後、韓国はアメリカによって独立し結果的に日韓併合は日本に多大な経済的損失を被った。
安重根による重鎮の伊藤博文暗殺で、時代の歯車は結果として、日本国民に苦役をしいただけであり、恩を仇で返す韓国の仕打ちをみると、もう、二度と韓国とは関わらない非韓三原則に徹するべきである。



「日韓併合で朝鮮はどう変わったかがひと目でわかる」【ザ・ファクト】 -

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遂に世界は韓国を見放し、韓国から撤退を開始している。

世界は非韓三原則の方向になってきている。



次のような記事がありましたので、引用する。

19年日本企業45社撤退、韓国から外資企業173社が消えた、そして、韓国からの外資系企業の撤退が加速している。今、韓国では、韓国経済の現状や日本製品不買運動などの影響により、日本企業が韓国から撤退する動きが活発化している。韓国はすでに高度経済成長から中成長を経て低成長時代に突入しているため投資する魅力が落ちており、不買運動が業績に悪影響を与えていることも大きな理由だ。特に昨年、韓国から撤退した日本企業は45社と外資系企業としてはもっとも多くなっている。さらに2020年に入ってからも衣料品ブランド「ユニクロ」の店舗閉鎖、日産の韓国法人である「韓国日産」の撤退などがすでに決定している状況だ。韓国メディアによると2019年、以下の国々の企業も韓国から撤退している。

・米国:35社
・香港:17社
・ケイマン諸島:10社
・オランダ8社
・ヴァージン諸島8社
・中国7社
・シンガポール:7社
・ドイツ:7社

 合わせて173社の外資系企業が撤退を決めた(撤退済み)。これまでは、2016年に68社、2017年に80社、2018年に68社であるため、2019年は例年の倍以上の数となっている。

 産業別には以下のような割合となっている。
製造業:46.2%
・卸・小売業:13.3%
・出版・放送通信・情報サービス業8.1%
・専門・化学・技術サービス業7.5%

 製造業の割合が圧倒的に多いものの他の業種において撤退しており、今後も継続して撤退が続く事態も想定できる。

撤退企業増加の原因

 各国企業が韓国から撤退する理由としては、文在寅政権が実施している政策も関連していると言えるだろう。韓国では労働争議が激化しており、業績が悪化している企業であっても、労働組合が賃上げを求めるケースが増加している。それだけでなく、文政権は最低賃金の大幅な引き上げ、残業を含んだ週あたりの労働時間を週52時間に短縮するなどの制度を実施した。こうした制度に対して中小企業の経営者から事業の継続が困難だとの声も挙がっている。また、税率が高いことも韓国から撤退する企業が増える要因だと指摘されている。法人税について比較すると、香港が16.5パーセント、シンガポール17パーセントとなっているのに対して、韓国の法人税は最高25パーセントにも達する。
 韓国経済は内需が小さく雇用を生み出しづらい構造となっているため日本や他の先進国の法人税率とは一概には比較できない。このような企業経営環境が韓国から撤退する企業が増加している一因となっていると考えられる。

韓国経済は財閥企業の業績に大きく依存している構造にある。構造的な問題で財閥企業の海外進出などにともない韓国の中小企業も生産拠点を他国に移すケースが増えている。加えて、労働コストの低減、人材の確保などの理由も大きな理由と言えるだろう。現状では、韓国経済の産業基盤が、海外に移管されている傾向が続いている。もし、このまま、現在のような海外への移管傾向が継続されると、国内の雇用機会は減少し、経済を支える企業が少なくなってしまうことを意味する。2019年に韓国を撤退した企業は173社と前年の3倍近くに激増した。日本製品の不買運動やいわゆる元徴用工訴訟など「反日」の被害を受けた日本企業が最も多いが、米国や香港、中国、ドイツなどの企業も「脱韓国」を急いでいる輸出や消費の低迷はコロナ禍で長期化し、文在寅(ムン・ジェイン)政権の失政も目立つ外国企業を引き留める材料はなさそうだ

 韓国産業研究院の調査によると、韓国を撤退した外国企業は16年に58社、17年に80社、18年に68社と推移していたのが、19年には173社と3倍近くに急増した。一方で19年に新規に韓国に進出した企業は56社にとどまり、大幅な転出超過だ。外国企業にとって韓国が魅力的ではない状況が鮮明になった。

 撤退企業の内訳は日本が45社と最も多い。調査担当者は「日韓関係悪化も影響を及ぼしたようだ」と分析している。

 日本政府が昨年7月、安全保障面の懸念から半導体関連素材の対韓輸出管理を強化したところ、頭に血が上った韓国側が始めた日本製品の不買運動はいまも続いている。

 韓国言論振興財団が公開した日韓両国民の意識調査に関する資料によると、「韓国国内で日本製品の不買運動があったことを知っている」と答えた韓国人は96・5%で、このうち実際に「日本製品の購入が減った」と答えた人は80・0%、「日本のコンテンツの利用が減少」と答えた人は69・4%に達した。



参考文献・参考資料

李栄薫 編著 『反日種族主義』文藝春秋 2019.12.15 第6刷発行

キムワンソプ(金完燮)著 荒木和博+荒木信子約『親日派のための弁明』草思社 2002.8.7 第10刷発行

室谷克実著 『崩韓論』飛鳥新社 2017.2.13 第1刷発行

IMFによる韓国救済 - Wikipedia
日本併合前後の朝鮮の写真 (fc2.com)
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