2023-02-18 架空の居酒屋黒板を6枚描いた男
※今回はほぼ全文を無料で公開しています。
僕がライトノベル作家のロケット商会と毎週木曜日にYoutubeで放送しているラジオで、少し前に「居酒屋黒板」の回をやりました。
居酒屋黒板。皆さんもご覧になったことがあるでしょう。
あれは単におすすめメニューが書かれているだけでなく、読み物としての価値が非常に高いと僕は思っています。
コツを掴めば、居酒屋黒板は饒舌にその店の歴史、店主の考え、店の現状を語ってくれるんです。
そんな居酒屋黒板の「読み方」「楽しみ方」を解説するために、ラジオでは6枚の黒板を創作して解説しました。
この記事では、それらを1枚ずつ紹介しながら「居酒屋黒板の読み方」を改めてお伝えしようと思います。
ちなみに、この記事の元になったラジオの企画自体が、デイリーポータルZのこちらの記事に触発されたものであることは、最初に言い添えておきます。
では、僕の作った架空の居酒屋黒板6枚を、ひとつずつ解説していきます。
サンプル1:一見悪くなさそうだけど「客への誠意」に欠ける居酒屋黒板
まず大前提として、これから紹介する居酒屋黒板はすべて「2023年2月初旬」に訪れた居酒屋にあることを想定しています。
冬の居酒屋は良い… 魚が美味いのはもちろん、冬が旬の野菜も美味しいものが多いので、ツマミの選択肢が多くて楽しいです。
その点で、この黒板において無視できないのが、ここです。
・カボチャグラタン 680円
・特選刺身盛り合わせ 1,280円(4点)
・茄子の揚げ浸し 480円
カボチャも茄子も、2月は旬じゃないんですよね。
おそらく、カボチャグラタンは既製品の「マッシュカボチャ」を皿ににゅるっと盛って、チーズを載せて焼いただけでしょう。茄子の揚げ浸しは、業務スーパーで買ってきた「冷凍揚げ茄子」を解凍してめんつゆをかけただけだと思われます。
それ自体は、別にいいんです。営業努力の一環だと思いますし、1年を通じて味が安定するので、定番料理として定着させるのも悪くない。
ですが、それが黒板に書いてあるのが問題です。
黒板メニューは、グランドメニュー(席置きの紙メニュー)にある定番料理とは別に、「今、特におすすめ」のメニューを掲示する場だからです。実際、この黒板にも、
「本日のおすすめ」と書いてあります。
となると当然、その時々に旬を迎えている食材を使った料理が並ぶはずです。カボチャグラタンも茄子の揚げ浸しも、グランドメニューに書いておけばいい。
ここで、黒板の全体に目を戻してみましょう。
わかりますか。全体に「擦れている」感じが。
そう!この黒板は1年を通じて店内に掲示され続けているのです!!!
狭い店内を客が移動するとき、退店時にコートを着るとき、閉店作業のとき。そういう場面でだんだんと黒板全体が擦れてきた経緯が見えます。
となると、もはや
「特選刺身盛り合わせ」にもまったく期待が寄せられません。
僕は刺身さえ美味ければ大体のことは許せてしまうのですが、その期待も薄い。
そして何より、ここまでの前提をもってすると、
「すぐ出ます!」とされている「鰺のなめろう」には不信感どころか危険を感じます。それ、いつなめろうにした鰺ですか? あんなに腐りやすい魚を前もって加工されたものをこの店で食べようとはとても思えません。
ただ、同情に値する部分もあります。この店、おそらく経営がうまくいっていないのでしょう。
キリンの営業につけ込まれています。
酒造メーカーの営業は、自社の商品をメニューに加えてもらう代わりにメニュー表をリニューアルしてくれたり、看板を設置してくれたり、ディスプレイ用の冷蔵庫を安く貸してくれたりするんです。
この店は、その誘惑に打ち勝てずそれまで提供していた「生搾りレモンサワー」を「氷結レモン」に差し替えたと思われます。冷蔵庫を新しくしてもらったかもしれませんね。
ただし、代償として離れた客もいたでしょう。氷結レモンは家で飲めばいいのですから。居酒屋に期待するのはやっぱり、甲類焼酎のソーダ割りに生レモンを絞った「あの」レモンサワーですよね。
加えて、氷結レモンは利益率も高く設定されていると思われます。セットで注文できるメニューまで黒板に書いて、何とか氷結レモンで酔っ払ってほしい。そんな思惑が透けて見えています。
貧すれば鈍する。営業がうまくいかず、目先の利益にとらわれて失敗してしまうお店は多いのだと思います。
営業がうまくいかない理由は立地やライバル店の出現、仕入れ先の倒産などさまざまあり、一概には言えません。この信用ならない黒板が先か営業不振が先か、それを客が知る術はないのです。
でも、ここは許せねぇ!!!
レモンとソーダにお金がかかるのはいいです。氷は無料のお店が多いですが、水道代や電気代もかかるのですから、お金をとることに僕は反対しません。でもね、150円はちょっと高いんじゃないでしょうか。あと、ボトル焼酎はできれば「キンミヤ」でお願いしたい。
グラスの交換にお金をとるようになるまで、この店はあと一歩だと思います。
サンプル2:安心して好きになれる良店の居酒屋黒板
いろいろ書いてますが、僕は居酒屋の経営には全く無知で勝手なことを言っているだけですから、その点はご了承くださいね。
さて、次の黒板です。これは、かなり良い!絶対に通いたいお店の黒板です。
まずここ。旬の野菜をおさえています。居酒屋黒板はやっぱりこうでなくちゃね。
となると当然、
これも注文したいです。
チェーン店と比べれば少し高いですが、小さなお店で仕入れのボリュームメリットがないので仕方ないですね。むしろ期待感が増してきます。
「本日の御新香」もきっと、今なら定番の「白菜」に「山うど」なども加えてくれているでしょう。
この店には「誠意」も感じます。それがよく分かるのがここ。
「イワシの梅煮」に対して「イワシのなめろう・たたき・造り」が少し高いですね。これは、使っているイワシの数が違うのだと思います。
イワシって、三枚に卸すと本当に食べるところが少ないんですね。なので、丸ごとのイワシを2尾つかった梅煮は480円、3〜4匹を卸して使う生ものメニューが700円なんです。900円でもいいのに。しかしそれは、この店の「コード」を外れた価格なのでしょう。
そして、もうお気づきの方もいると思いますが生のイワシは「なめろう・たたき・造り」の三種を選べるのもいいですね。これつまり、厨房で注文ごとに捌いているということです。安心!信頼!約束された美味!!!
これらを注文したときには、「アラ(骨)を揚げ煎餅にしてもらえたりしますか?」と、ぜひ聞きたい。きっとやってくれます。
僕はこの黒板を「安心して好きになれる良店の居酒屋黒板」と銘打ちました。その理由が、ここです。
「味ソ汁、ごはん 250円」が少し擦れていることから、この数年で「酒を飲んだあとメシに行く客」が一定数つき、メニューに加えたことが分かります。
また、カレーライスが売り切れて手で雑に消されていますね。人気メニューなのでしょう。次はもう少し早い時間に来て、ぜひ食べてみたい。
つまり、ここには若い客が一定数来ているんです。
こんな渋いメニューがあることから店主はある程度の年齢で、客も同じように高齢の方が中心でしょう。しかし、立地や雰囲気などの理由で若者も来るようになった。客が新陳代謝しているわけです。
客の新陳代謝は重要です。
店とともに客が年老いて新陳代謝ができない居酒屋はたくさんあります。どんなにいい店であっても、僕はそういう店をあまり好きにならないように気をつけています。長くとも十数年以内に悲しい別れが訪れることが分かっているからです。
しかし、ここは違う。運が良ければ、跡を継ぐと言い出す若者もいるかもしれません。安心して好きになれるお店です。嬉しいですね。
サンプル3:一緒に歳を重ねたい期待の居酒屋黒板
一つのお店が新陳代謝を繰り返して残っていくことも大切ですが、新しいお店が育っていくことも同じくらい大切です。
たとえばこの居酒屋黒板。若い方がやっている大衆居酒屋です。
このあたり、まだ肩に力が入っていて好感が持てますね。
そして、大山地鶏の炭焼きとしてはかなり安い。たぶん、店主が研究を重ねて胸肉を美味しく、柔らかく焼き上げる方法と、それが叶う鶏肉の仕入れ先を見つけているのでしょう。
「今日あります!」とあるように、いつも手に入るわけではないから常連客は必ず注文します。もちろん、この黒板を見た(僕のような)一見客もついつい頼みたくなる。
そして、初めて頼んだ客はそれがもも肉でないことに一瞬戸惑うんです。が、一口でその美味さに驚き、すぐに二口目に箸を伸ばす。その一連の動作を常連客が横目で見ている。そういうメニューだと思います。
お刺身もいいですね。
「ヒラメ、中トロ、ニシン、鯛」の4点で980円はかなり安い。そして、7点にすると追加になるのが「ウニ、イワシ、赤貝」なのは相当嬉しいです。
たぶん、店主はどこかの有名店で修行をしてきた方なんでしょう。その仕入れルートを使わせてもらっているので、この価格で、この品質の刺身が出せるわけですね。きっと、真面目で気のいい、かわいがりたくなるようなタイプなのだと思います。
他に気になるメニューは、
このマカロニサラダです。
これが、この店の黒板メニューに入っている意味を知りたい。
この店は適当なものを黒板に載せません。それは、文字が擦れていないことからも分かります。もしかしたら毎日書き換えているかもしれませんね。その中に席を与えられている「マカロニサラダ」ってどんなものなのか。初手オーダーに必ず含めたい一品です。
ジャガバタ、黒コショウのポテトサラダも気になります。
どちらも、この店の値付け傾向から言うと高めですが、それだけに自信がうかがえるからです。それに、ジャガイモにとって2月は「植え時」であって「食べ時」からは少し外れているんです。
しかし、こんなメニューがあるくらいなので、きっと野菜にも自信があるのだと思うんですよね。
なにか特殊な方法で熟成させたりしているのか…? 大山地鶏で店主の研究熱心さは証明されているので、これもぜひ食べたい。お腹が膨れてしまうので、今日はとりあえずどちらか1つ。もう1つは、次の機会にとっておきます。
サンプル4:探求の楽しみがある居酒屋黒板
次はこちら。もう4000文字以上になっているのですが、皆さん付いてこられていますでしょうか?どうぞもう少しお付き合いください。
僕は、こういう「ビッシリ系」の居酒屋黒板も大好きです。大好きです!二回言いましたが、足りないのでもう一度。大好きです!
1回2回来たくらいじゃ、とても注文しきれません。まず、この店にこれから何度も来ることになるのかどうかを確認する必要があります。
そこで初手の注文はまず、
このあたりですね。
「刺身盛り合わせ」は定番の人気メニューなので、居酒屋黒板における「ゴールデンスポット」である左上に配置されています。これは納得ですね。
気になるのは、その下の3つです。ここも、ゴールデンスポットに準じる「シルバースポット」にあたります。その割には、あまり他の店で見かけないメニューなんです。
これ多分、常連客の要望や賄いから生まれたオリジナルメニューだと思います。
たとえば「マグロステーキ」。脂ののったマグロは美味いんだけど、たくさんは食べられない。そんな常連のために焼いてみたのが人気メニューになったのでしょう。
「イワシコロッケ」は、つみれ汁に入れる前のイワシつみれに衣をつけて揚げ、コロッケ風に仕立てた裏メニューだったものがメニュー化。
サバみそチーズは鯖の味噌煮にチーズを載せてバーナーで炙ったもので、若いアルバイトが賄いで作ってみたところ美味しかったためメニュー化。などと想像します。
こうして高い偶然性の中で生まれたメニューに、きっちりと洗練が施されて美味しければ、この店は圧倒的に信頼できると言えます。
しかし、僕はこの3つのオリジナルメニューが美味しいであろうことを、すでに確信しているんです。その理由が、これ。
揚げ物メニューの下に置かれた「自家製タルタルソース 100円」です。
揚げ物がある店では、タルタルソースが無料で付けられる、または最初から添えられていることも多いですが、ここでは100円。
黒板から「安さ」も魅力の1つであることが分かるこの店で100円のタルタルソースは、かなりの自信がうかがえます。
つまり、ここの店主かなりの研究家です。このタルタルソースも、卵・タマネギ・マヨネーズ・その他香辛料のベストマッチを探っているうちに、無料では出せない原価になってしまったのでしょう。
真面目な人なんですね。そんな人柄は、ここからも分かります。
「ごま塩レバー 580円 / ちょい焼、生、お受けできません)」
精肉店との長い付き合いで、生で提供できるレバーを回してもらっているのだと思います。しかし法律改正以降は決して生では出さない。
酔った常連客はきっと「大将、レバーなんだけど…生だめ?」なんて聞いてくるでしょうね。そんな客を言外に制するために添えられたこの一文には、店主の真面目な性格が現れています。
そんな生肉好きの客のため「地鶏タタキ」「鶏皮ポン酢」「とりわさ」を用意してくれている心意気もまた、嬉しいものです。
サンプル5:客を育てる店の居酒屋黒板
先ほどの「ビッシリ系」とは真逆の方向性ですが、僕はこういう居酒屋黒板もけっこう好きです。
店主1人と妻だけで、自宅の1階を店にして営まれている小さな中華料理屋を想定しています。
もちろんメニューにはラーメンや叉焼、ぎょうざ、シュウマイなどもあるでしょう。しかし、常連客が頼むのはこの黒板メニューばかりです。
しかしどうでしょう。初めて入った店でこの黒板があったら、注文できますか?僕は2回目以降にならないと無理ですね。食材が書いてあるだけで、調理方法がないので勝手が分からない。初来店時には常連の注文を耳で聞き、出てくる皿を目で見て、次から自分でも注文する、というような流れになると思われます。
そんな「頼みにくい黒板」であることは店主も承知なのでしょう。この一言があるだけで、実は一見客にも優しい店であることは伝わっています。
この文字だけが擦れていることから、食材名は頻繁に書き換えられていることがわかるのもいいですね。
では何故「頼みにくい黒板」のままなのか。その理由は、実際に注文をすると「食べ方」を選ばせてくれるからだと思います。
「マスター、ブロッコリーって何ですか?」
「テンプラかニンニク炒めがおすすめですが、スープもできますよ」
なんて。
この初手1品目が美味しかったら、もうこの店のこと好きになっちゃうでしょうね。2品目からは「トウフって、ザーサイ載せたりできますか?」なんて言えちゃうかも知れません。「客を育てる」というのは、そういうことです。
とはいえ、価格が書かれていないことは少々気になります。そう安い店ではないでしょう。どれを頼んでも、おそらく1品で1200円から1500円くらいにはなると思います。
それでも、二軒目には必ず寄りたくなってしまう。そんなオーラをこの黒板からは感じます。
サンプル6:できれば入りたくなかった店の居酒屋黒板
最後はこちら。タイトルのとおり「できれば入りたくなかった店の居酒屋黒板」です。
あくまでも「僕は」という意味で、たぶんこの店には常連客もたくさんいると思います。サッカーやラグビーの放送がある夜は盛り上がるんでしょうね。
でも、僕はこの時点で「ノーサンキュー」です。「いらっしゃいませ」じゃなくて「おかえりなさい」。
常連の多い店なんだろうな、と想像します。僕はいつでも逃げられるように「客」でいたいのに、こちらからの反論をカツーンと跳ね返してしまう硬い黒板は、こちらを問答無用で「ファミリー」に引き込んでくる。迷惑です。
店主の名前が「岡本さん」(そう呼ぶと大笑いされる)なんでしょうけど、このカレーけっこう高いですね…。
この店じゃないところで、たとえば「客を育てる店の居酒屋黒板」がかかっている店でカレーが1880円なら僕はむしろワクワクしながら頼みますが、これは正直、注文しないでしょう。でも多分、美味しいメニューだと思います。ランチ営業をしていたら、カレーだけ食べに来るかも。
ツンツルテンにスベってる。
分かるんです。きっとよく研究されたんでしょう。オリジナルカレーを作るほどの腕の持ち主ですから、調味料の配合や調理技術には一定の水準を超えたものがあることは伝わっています。
でも、圧倒的に「センス」が合わない。明らかなパクリを冗談めかすことで「笑い」を作る表現はよく見かけますが、その根底にある「裏笑い」に逃げるような精神性に僕は賛同できない。
これも、かなり嫌ですね。「ひとりモンは580円!」
たぶん店主は「あっ!これってセクハラになっちゃうか!」とか言いながら悠々と「ライン」を越えてくるタイプだと思います。それを笑っていられる人でないと、この店では生きていけない。僕はちょっと無理そうです。
この謎メニューには正直興味をそそられますが、注文することなく店を後にしてしまうでしょう。引き戸を閉めた途端に「なんだったんだ〜?今の客」「いるんだよナ、空気を読めない奴」「ゆとり〜w」と僕を肴にひと盛り上がりする常連客を想像しながら。
ノーサンキュー。
このように、居酒屋黒板はそれだけでかなり饒舌にその店を語ります。僕は、飲みに行っている以上に「読みに」店に行っているのかもしれません。
この記事をきっかけに、みなさんも居酒屋黒板を楽しんでいただけるようになると嬉しいです。
長い記事にお付き合い頂き、ありがとうございました!
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以下、通常通りの日記です。もう7000文字以上書いてしまったので、かなり短いです。
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