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【二次創作小説】 罪と動物の森

罪を犯した。タクシーを捕まえて逃亡する。
あたしは運転手に、「どこか人里離れたところへ。とにかく遠くへ!」と頼み込んだ。カッパのような頭の運転手はそれを了承し、アクセルを踏んだ。

さっきより強くなった雨が降る中、タクシーは町をはずれて森の中に入っていった。それからどこまでも深くに入っていく。なんか、重厚な門みたいなのをくぐった気もするけど……こうしてどのくらい走った頃だろうか、タクシーはどこかの広場に着いた。ちょうど、雨が上がった。

「ほれ、着いたぞ。」
「ここはどこですか?」

恐る恐るタクシーのドアを開けながらあたしは尋ねた。あたりの木々は高くそびえ、足元の草では雨上がりの光に露が照っている。バタンと音を立てて車の外に出た運転手は、遠くを見つめながら、
「どうぶつの森だよ」
と、言った。その時、運転手の顔が見えた。緑色の肌、黄色いくちばし。カッパだった。

ここ動物の森は、人間界から少しねじれて繋がった空間にあるので、滅多なことで人間はやってこないとカッパは言った。ねじれた空間ってどういうこと? 考えるやいなや、あたしは頭の中に一つ灯った答えに、急に笑顔になった。警察をうまくまけたってことだ! もう怯えなくていいんだ……!

カッパが続けて言うには、ここは森でもあり、村でもあるという。
確かに、会う住人はみな、動物だった。役場にはカメの村長とペリカンの役人がいた。服を着て二足歩行をし、日本語を話す彼ら。ここの動物たちはどうやら皆そうみたいだ。服を着て二足歩行をし、日本語を話すイヌ、ネコ、サル、リス、オオカミ、トリ、ペンギン、ウマ、シカ、ヒツジ、タヌキ……。
彼らはみんな、人間のように、木材やコンクリートなどで建築された四角い家屋に住んでいた。どれも一階建てで、おそらく八畳くらいの広さはあると思う(八畳はあたしが一度一人で住んだことのある広さだ)。それらは住宅地に集められているわけではなくて、森のあちこちに点在していた。

役場にて、窓口のペリカンの女性が「この村へ移住ということでよろしかったですか?」と言ってきたので、あたしはそういうことにした。売り物件だった空き家の一つを、高いローン(19800ベル)を組んで買うことができたから、今後はこの小さな小さな隠れ家で、暮らしていけることになった。家はワンルームほどもないくらい狭いが、屋根裏部屋があり、誰かが屋根裏部屋にシングルサイズのベッドを一つ置いて、休むための部屋としてしつけてあった。あたしの住む家の大家は、裸に前掛け姿のタヌキのおっさんだった。

家を買った以上、お金(ベル)を稼がなくてはならなかった。タヌキのおっさんの経営する商店(この村唯一の生活用品店)でアルバイトをしながら、この村の生活のイロハを学んでいった。やがて、バイトはすることがなくなり、雇用契約を切られると、あたしは木になっている果実や釣った魚、海岸で拾った貝がら、地面を掘るとたまに見つかる化石やハニワなんかを売って稼ぐのが主となった。友達になった黒ネコの女の子キャビアによると、みんなそのようにして稼いでいるから、暮らし方としてはこれで正解らしい。ただし、化石とハニワ以外のアイテムは単価が安いので、ローン返済ができるほどお金が貯まるのはいつになるやらといったところである。

商店の隣には仕立て屋があって、ハリネズミの姉妹がその店をやっていた。ベルを稼いで余裕ができれば、ここで服も買えるのか。品は毎日変わるらしい。あたしは仕立て屋を覗くのを一日一度の楽しみとした。

あたしが犯罪者だと知らない動物たちは、みんなあたしに優しくしてくれた。特に黒ネコのキャビア、リスのキャロラインと仲良くなった。彼女たちと話していると、自分の罪を忘れていられた。そう、あたしはきっとここの暮らしで、自分の罪を完全に忘れ去ることができるだろうと考えていた。

ある日のこと、ついにローンを完済した。真面目に稼いだので、完済するまでに二週間しかかからなかった。するとタヌキのおっさんは、家を広くしないかと話を持ちかけてきた。あたしは罪人だし、隠れ家としては小さいほうが目立たなくていいかなと思ったけれど、ここに人間はこないし、おっさんが熱心に勧めてくれるから、折れた。あたしも、動物たちの家と同じくらいの広さの家に住めるなら住みたいと思った。拡張に際して新しく組まれたローンは、120000ベルだった。

     ◇

あたし塚元オビアの罪は、弟を殺した殺人の罪だ。
あの時失言したことについて、あたしは自分を悪いとは全く思っていない。だけどあたしが悪いみたいな雰囲気になったから、「なんかごめん」とひとまず言った。そうしたら弟のエゲルは、「なんかじゃない」と真顔で言った。
(なんかじゃない? あたしは自分が悪いとは思っていないから、『なんか』をつけたんだよ? 本当は、謝ることに納得していないくらいだよ。あんたこそ、あたしの地雷を踏んできて、なんでそっちがキレんの? そんなにあたしが悪いの? あんたは少しも悪くないわけ?)
大事な弟が敵になった。もう何も信じられない。あたしは赤いアーミーナイフを持ってきて、弟の肩を掴んで力任せに押し倒し、馬乗りになって弟の体を床に押さえつけると、その喉元に刃を思いっきり突き刺した。それから何回も、同じところをザクザクやった。弟は死んだ。あたしは血のついた服を着替えて、そして何も持たずに家を飛び出した。この惨事が人に見つかるまでに、できるだけ遠くへ逃げることにした。雨に濡れた自転車を駅前で乗り捨て、客待ちをしていたタクシーに乗り込んだ。カッパの運転するタクシーだった。

     ◇

夢を見ていた。
朝日の眩しさに目を覚ますと、動物の森のあたしの家の屋根裏のベッドの上だった。眠りながら、ここに来る前に犯した罪のことを考えていたみたい。カーテンのないむき出しの窓から、風と光が差していた。あたしはシーツの上で上体を起こしてあぐらをかいた。続けてぼんやりと考える。殺してからもう何日経っただろう。エゲル……いい子だったな。険悪になるのは今回が初めてではなかったのに、どうして殺してしまったのだろう。日に日に「あの日」が頭の中で存在感を増す。きっとあの後、お母さんが帰ってきて、動かない血まみれのエゲルを見つけたんだ。今頃あたしを探しているかもね。勘違いしないでほしいが、後悔などはしていない。だって殺さなければ、あたしは今頃ここにはいないのだもの。ここの暮らしは幸せだ。あたしは殺したことについても、自分を悪いとは思っていないから、あたしには幸せになる権利がないなどとは、少ししか、思わないんだ。

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