世界にあなたが贈れるものを贈ろう
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世界にあなたが贈れるものを贈ろう

塚本 牧生

「この前やってた検証で行き詰って、ググってみつけたページの情報で解決したんだけどさ。よく見たらお前の書いたページだったよ」と同僚に言われたのがクリスマス前の職場での個人的ハイライトだった。

僕は調べごとをした時、それが個人的な調べごとであれ仕事上の調べごとであれ、その成果がインターネット上で公開されてる情報だけでできてたり再構成できるなら、そうしてネット上に公開している。今回同僚の役に立ったのも、そうして昨年12月に書いたQiitaの1ページだった。

そうする理由の一つは、僕も同僚たちもイントラを調べたり社内で聞いて回るよりまずググるからではある。だとしたら同僚に役立ちそうな情報はググれる場所に置いておくべきだし、こうして一年を経て「時を超えたコラボレーション」で同僚を助けられたら、それは千のブックマークとホットエントリ入りよりやった甲斐がある。もしかしたらもう少し実際的に、仕事上なにかいい効果もあるかもしれない(ソーシャルキャピタルというやつだ)。

でももう一つの理由は、そうした見返りと結びつかない、信条的なものだ。僕のページは、先人の公開してくれた情報でできている。技術者としての僕自身が、多くのフリーソフトやその他様々なインターネット上のあれこれの恩恵で育てられている。僕にとって、インターネットに何かを贈るというのは、見返りよりもお返しの問題なのだ。それはもうこれまでに受けた恩への恩返しだ。最近は恩送りという呼び方もあるらしい。

返すべき借りみたいなものかと言われると、それは違うかもしれない。なにかを贈れることは、自分のささやかな成長の証みたいでもあって嬉しい。さらにそれがいつか誰かの役に立ったらと空想するのも楽しいし、その楽しみを得られるのは嬉しい。タダで「収益金の一部は社会福祉に使われています」と書かれた宝くじを買うようなものだ。いや、ちょっと違うかも…でも冒頭のようなことがあれば、宝くじが当たったみたいな唐突な喜びがある。

僕が贈る相手は(近しい人以外では)インターネットということになるけど、あなたにはあなたの世界があると思う。町内会だったり、職場だったり。そこに何か、すぐには気付かれもしないものを贈ってみるというのはどうだろう。気付かれないから見返りも期待できないけど、お返しの喜びはあなたの中に生まれるかもしれない。

メリークリスマス。祝祭日のポエムに付き合ってくれてありがとう。

(写真はカフェB-3のコーヒーマシュマロパンナコッタ。旗に「MERRY CHRISTMAS」と書かれていたけど、見切れている)

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塚本 牧生
クラウドノオト ―― クラウドコンピューティングの話、ときどきソーシャルメディアとnoteの話、ところにより四方山話。