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あの頃の私に捧げる弔辞。大嫌いな地元を飛び出し、東京で生きています。

私は「東京」が好きだ。
小さなワンルームの窓ガラス、滲んだネオンの光。
東京タワーもスカイツリーも見えないけれど、ここは確かに東京で。
私は隣にどんな人が住んでいるか知らない。
誰とも口を聞かずに終わる一日がある。
欲しいものは、なんでも、お金で買える。
そして、誰も私のことを知らない。
私が目指す夢も、私が好きな音楽も、私が思い出したくない過去も、この街はどこ吹く風で。
興味なさげに俯く街、すれ違う人の顔も声も知らないまま終わる人生を肯定する街。

真夜中、逃げ出すように出てきた遠い故郷のことを思い出す。
美容師を目指したあの子やギャルになりたいと言っていたあの子、一生俺はこの町にいるんだって嬉しそうに言っていたあいつは、今何をしているんだろう。
私は、ここに、ひとりで立っているよ。
君たちが馬鹿にした私は、今この街で、ひとり、夜を過ごしているよ。
感傷的になってしまう煙草の煙が、少し目に沁みる。

私は地元が大嫌いだった。
友達が作れるように、馴染めるように、と習わされたたくさんの習い事はどれも続かなかった。
本を読んでばかりの私には、習字もそろばんもテニスもソフトボールもバトンもローラースケートも意味がなかった。
そんなことよりも少年団が見つけた新しい宝の地図が気になったし、綺麗な羽の小さな妖精に心踊らされたし、怖い魔法使いから逃げ出す方法を一生懸命考えることの方が、ずっとずっと大切だったから。
私の宝物は周りから見てみればゴミみたいなもので、大切に閉めた宝箱の蓋は、「そんなのさっさと卒業しなさい」の一言でもろくも崩れ去ってしまった。

少女の思い出が、醜く汚れてしまった頃、私は少し大人になった。
この町には私の宝物なんてなかったから、外の世界へ身を乗り出して何度も宝を探しに出かけた。
そこで、椎名林檎やNUMBER GIRLに出会い、深夜ラジオに出会った。
真っ暗な深い夜は、まるで深海魚のパーティで奇妙奇天烈な魚たちがそれぞれきらきら明かりを灯しながら、それはそれは自由に泳いでいた。
少しだけ、少しだけと言いながら潜る夜は楽しくて、いつのまにか朝を迎えて遅刻をすることも多かった。

好きなバンドの話も、聴いてるラジオの話も、ハマってる本の話も、誰にもしなかった。
私の話なんて誰も真面目に聞いてくれないって知っていたから。
話を合わせることに一生懸命になりすぎて、孤独な傷は深まるばかりで私の腕はバーコードみたい。
そう、スポーツができなくて、暗くて子供らしさがなくて、ちょっと悪さができない子に誰も用はないのだ。
せいぜい先生に優等生という名の下に雑用を押し付けられるだけ。
誰もやりたがらない合唱コンクールの指揮者役も、誰も出たがらない800mリレーも、誰も練習したくない英語スピーチ大会も、ぜんぶぜんぶ私の役割だった。

何度馬鹿にされてもヘラヘラ笑っていた。
まるで中身のない人形みたいに、ヘラヘラ笑っていた。
太宰に凝っていた私は、どこか文豪気取りになることで、少しでも生きようとしていた。
文豪たちは知っていたから。
現実世界の辛さを、この世の儚さを、音楽の尊さを、文化の素晴らしさを。

噂話と毎月ターゲットが変わるいじめに振り回されながら、家族に求められる子どもにはなれなくて。
何度も他人を羨んだ。
平気な顔して徒党を組んで教師をからかう同級生のことを。
誰と誰がセックスしたかを延々に話し続ける同級生のことを。
私のことをシカトして笑いあったり、あいつブスだからしょうがないよねなんて笑いながら言えるあいつらが、喉から手が出るほど羨ましかった。
そして言うまでもなく誰よりも憎んでいた。

時は経ち、私は大学生になった。
大好きな映画サークルに入り、音楽と映画に浸った。
週末にはレコードを漁り、古着屋で服を買って、夜には映画を観た。
誰も私のことを知らない街で、私ははじめて私になれた。
私の好きなものを初めて好きだと言ってくれたひとが、恋人になった。
私はあの頃の私になかった全てを手に入れた。
だってお洒落をして恋人と手を繋いでキスをして、友人とお酒を飲みながら話すこと以上に素敵なことはなかったから。

けれど、それでも、私は時々真夜中に泣いた。
それは10代の頃を悼む涙であり、今でも地元に帰れば私の価値は無いことを知っている涙だった。
相変わらず考えすぎで哲学を勉強するのが楽しい私なんて、彼らにとって変人でしかない。
知らない音楽聴いてるの?こっちの方がよくね?とアップテンポのEDMを爆音でギラギラひかる軽自動車の中でかけられるだけ。
文章なんて読むのめんどくさいから読まねーわそれより彼氏の話聞いてよていうかあの子シングルになって帰ってきたよもう子ども2才だって知らなかったの?疎いねインスタ教えてようるさいうるさいうるさいうるさい…

私の中の碇シンジが何度も顔を出す。
ごめんね父さん、ごめんね母さん、理想の僕になれなくて。
もっとお茶目で明るくて、そんなに勉強はできなくてもいいから友達は多くてみんなに好かれててスポーツができて仲間!とか言えちゃって家族が大好きで地元にずっといてくれる、そんな子どもになれなくてごめんね。
あの頃の私と今の私は何が違うのかな。
永遠に憧れ続けるマイルドヤンキーが、私には絶対にないものをもっているあいつらが、羨ましくて泣いてしまう夜が、今でもある。
報われたくて頑張ってる自分が、報われなくても幸せなあいつらが、どうしようもなく悲しくなる夜が確かにあるのだ。

この文章は弔辞です。
そう、あの頃の自分への弔辞。
もうこれ以上過去に囚われなくていいから。
誰かのための人生なんてクソ喰らえだよ。
あなたはあなたの幸せのために生まれてきたのだから、あなたの幸せだけを追求すればいいんだよ。
大人になった私が贈る、あの頃の私への鎮魂歌。
もう大丈夫だから。
あなたがあの町に戻ることはないから。
あなたを傷つける人はもういないはずだから。

私は今日も大人になって覚えた煙草をふかしながら、夢の残骸が転がるこの街で生きている。
欲望と悲しみが照らされるネオンの下で、私のことを誰も知らない人たちとすれ違う。
私は私のままで、誰にも知られず歩いていく。
ただそれだけでいいんだと言ってくれる東京はいつだって寂しくて暖かい。
私は、この街で生きていく。

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