一般家庭のカトリック信徒と政治思想の影響について

少数の親戚の集まりがあった。
母のきょうだいと子供たち。もうみんな大人。

母は自分がどうしたいかが第一なので、
わたしが体調不良のどん底でも、強制する。
わたしの考えがどうであれ、表面的に付き合えと。
自分の思うがままにしたい…。
大変歪んだカトリック家庭に育った母は、
歪みがすごい。

親戚が集まり、
宗教と政治と仕事の話をみんな話題に出す。
カトリック家庭であることが関係していると思う。
残り少ない日本人のカトリック教徒は、存在していないように感じる。
ミサに出づらくなって、余計そう思う。
いまさら教会に行っても、政治活動のせいで、余計居辛いと思う。

祖父のカトリック関係の左翼思想に疑問をもったからか、
しばらく合わないうちに各々がうっすらと右寄りになっていておもしろかった。
わたしのきょうだいは神道で、子供の頃カトリックの道に進まなかった。
みんな同じ代議士や政党を支持してはいないんだけど、自由だと思う。
ノンポリも自由。
憲法が変わったらどうなるかとか、再エネの火災問題の話しをした。

祖父が生きていた10年前は、
親戚の集まりが辛かった。

反戦、旧植民地の貧しい人への同情、ピース9…
祖父はとうとうと語っていて、
酔っていた。
ただ自分が救済されたいんだろうなって。

今生活のために正月を抜け出してバイトに行こうとしているわたしの存在を無視しているのに。
母だけを搾取し、子供時代のわたしたちは食べるのがやっとで育ったのに。

こういった支配された集まりで
何か意見を言うと、吊し上げをくらうと学習していたから、
もうわたしは荒んで、しらけきっていた。

小学生の頃に見た目を遠回しに悪くいう、
年上の男のいとこのことを誰も注意しないのも
自尊心が削られて、死にたくなった。

この九州的男尊女卑と金銭労働搾取と左翼思想の場から逃れるまで10年かかった。
祖父母は死んで、事業も死にかけている。

今大人になって、インターネットがあって、
自分で調べることができて、現実で自分の意見を言えて、うれしい。


労働問題で不当な待遇を受け、不動産は全て取られた母のための弁護士代にします。