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〈コーシャの来訪〉 - あれから5年後の『キルタとぶきみなアパート』

これは2024年7月、ひらたの生誕企画にて朗読上演された『キルタとぶきみなアパート』のアフターストーリーです。アセビとコーシャの語りのみではありますが、少し彼らのその後が見えてくれれば幸いです。

上演キャスト
 コーシャ:津久井舞 アセビ:藤田知礼

学生公演を配信でご覧になる方は是非、本編をご覧になってから!お読みください。
〈複製や無断使用はご遠慮ください。レッスンなどで使用したい場合はひらたまでご連絡ください。配信終了後、1ヶ月くらいで非公開にする予定です。〉



  物語から5年の時が経ちました。
  「誰が呼んだかなげきの国・この国の名をアムリタという。
  そちらの天気を問わずして、こちらは再び冬の最中。
  おもてとうらに分けられた格差広がる国政が、新しい王の誕生により…
  少しずつ、変化の風が頬撫でる、そんな時代でありました。」


アセビ  コーシャ! コーシャだ、本当に来た! ようこそ王宮へ!
コーシャ アセビ様。どうされましたか、そんなにはしゃいで。
アセビ  君が来るって聞いたから。
コーシャ 一国の王にこうして迎えられるとは、私も偉くなったものですね。
アセビ  待ちきれなくて飛んできちゃった。ひとりで来たの?
コーシャ ええ。残念ながら私だけです。
アセビ  残念なんかじゃないさ。歓迎するよ。極楽一座の座長さん!
コーシャ アムリタ王直々の歓迎、もったいのうございます。
アセビ  やめてくれよコーシャ、君がいなきゃ僕はこうして王になってないんだから。言ったろ? 極楽一座のおかげだって。

コーシャ あの春呼びからもう5年…アセビ様も19ですか。あっという間ですね。
アセビ  まだ19だよ。民からの信用はまだまだ得られていないし、おもてまちの改革だってやっと踏み切ったところだ。早くアムリタを住みやすい国にしたいのに、力不足を感じることばかりだ。
コーシャ 新しいアムリタ王はうら街贔屓だなんだと言われているそうですな。出自を疑う者もいるとか。
アセビ  仕方ないよ。父上や、今までのアムリタ王が作り上げた高い壁をいきなり壊そうとしているんだもの。搾取を当たり前とするのは許せないけど、それが生活の一部だった人たちは生きる方法を変えなきゃいけない。…大きな決断をさせることになるからね…。

コーシャ すっかり責任ある者の顔つきをしておられますな。
アセビ  そうかな?
コーシャ ええ、日々苦しい決断もありましょうが、私たちはアセビ様を信じています。勇気を持って、前にお進みください。
アセビ  ありがとう、コーシャ。

コーシャ それは兎も角、そろそろ王宮の中へ入ってもよろしいですかな?
アセビ  ああ! ごめん、客人を入り口で立ち話させるなんて最低だ。
コーシャ 使用人たちに伝えてあったのですが、迎えに来ませんね?
アセビ  私が行くといって控えさせたんだ。それなのにお喋りしちゃった。
コーシャ ご案内いただけますか?
アセビ  もちろん! 歩きながら話そう。今日は春呼びのことを話しにきたんだろ? 私も同席しちゃだめかな?
コーシャ 王が同席するような打ち合わせではありませんよ。
アセビ  そんなことないよ。春呼びの儀をシャガの頃のように華やかなものにしたいんだ。そのために王宮が支援すると決めた。それを国に周知させたいし、その意味があると皆が思えるような春呼びにするんだ。私も一緒に考えるべきだ。

コーシャ 今まではそれぞれの街の者に頼って成り立っていたところがありましたからね。旅も楽ではありません。人手不足の中、移動をしては準備をしパフォーマンスをする毎日はかなり辛いだろうと私も心配をしていたところです。情けないことに全員腹ぺこな日もありましたから。
アセビ  力になるよ! まずは王宮の広場で春呼びをする計画だろ?
コーシャ ええ。ずいぶん賑やかになりそうで、楽しみです。

アセビ  昔の春呼びのように、人がたくさん集まるといいな。昔の王たちのように春呼びに足を運び、僕が直接皆を労うんだ。その日のために王さまらしい表情を練習しておかなくては!
コーシャ そんなもの練習してどうするんです、あなたの役割はパフォーマンスじゃないんですからね。
アセビ  サムサリが、政治にはパフォーマンスも必要だって言うんだもの。
コーシャ …まあ、不必要とは思いませんが、サムサリ様は大袈裟すぎます。
アセビ  それは、確かに。叔父上は失敗しちゃったしね。
コーシャ 失敗させたのは我々ですよ。
アセビ  そうだった。

コーシャ お元気ですか? サムサリ様は。

アセビ  すっかりくたびれてたけど、最近はちょっと元気になってきたように見えるかな。もう魔法がつかえるなんて嘘を吐く必要もないし、吹っ切れたように教育係に徹してくれてるよ。おかげで厳しい先生ができちゃったけど。そっちは? みんな元気?
コーシャ いつも通りです。特段話すようなこともありませんよ。
アセビ  いつも通りが聞きたいんだ。なんでもないことでいいからさ。

コーシャ そうですねえ…。メーダーは酔い潰れて食堂で眠って、キルタに叱られていましたね。ハリとリグレスはつまみ食いを叱られ、クムダは食べては寝てを繰り返すのをキルタとカウムディに叱られていました。

アセビ  キルタがいなきゃ健康すら心配だよ。キルタが来るまでどうやって暮らしてたわけ?
コーシャ もう忘れてしまいましたね、そういえば。…それからカウムディはうら街の子どもたちを集めて歌を教えているようで、最近昼間に出かけるようになりました。スリなんかよりも歌の方が儲かるぞ、と教え込んでいるようです。
アセビ  素晴らしいじゃないか!
コーシャ しかし口調がアレですから、子どもたちに逃げられているのをダルマが見かけたと言っていましたよ。

アセビ  ダルマは?
コーシャ あいつは相変わらず…と言いたいところですが、一番変わったのはダルマかもしれません。ふらふら夜中に出かけて行くことも、街で誰かをたぶらかすことも控えているようで。食堂で絵を描いていることが増えましたね。

アセビ  …コーシャ、嬉しそうだね。

コーシャ あいつがグルリの父に拾われた頃からの付き合いですから。人に迷惑をかけず生きていてくれる方が安心します。最近はふたりで晩酌することもありますが、ついつい昔の話ばかりしてしまいます。歳をとるのは嫌なもんですね。
アセビ  いいな、僕もアパートでのんびりお喋りする日々を送りたい。
コーシャ 王宮での春呼びが成功したら、皆で食事でも食べましょう。
アセビ  うん。…グルリとキルタは?

コーシャ 何やら物語を作っているようですよ。私たちに内緒で。
アセビ  内緒で?
コーシャ ええ、昼間は喧嘩ばかりしていますが、夜になると物置部屋からコソコソと話し声が聞こえることがあります。『シャガの紅い宝石』の台詞が聞こえてくることもありますから、また何かを企んでいるのだろうと踏んでいます。
アセビ  へえ……。楽しみだね。
コーシャ ええ、ダルマが盗み聞きしようとするので放っておいてやれと言っているのですが、この間はふたりして耳を澄ましてしまいました。大人ふたりで、なんとも情けない姿だったでしょうな。

アセビ  あーあ、聞かなきゃよかった!
コーシャ え?
アセビ  みんなに会いたくなっちゃったもの。なんで僕は王さまなんだろう!
コーシャ 王さまが友人に会いに行くことを、きっと誰も咎めはしませんよ。
アセビ  …もう少し辛抱する。もっと王としてしゃんとしたら、胸を張って会いに行く。その方が格好いいし、きっとグルリも褒めてくれるでしょ。

コーシャ ええ、そうですね。楽しみにしています。…あとは、マナですが…マナには会っておられると聞きました。
アセビ  うん! アムリタの力になりたいって、マナの方から申し出てくれたんだ。せっかく持っている未来視の魔法を国のために使いたいって。マナが来ると使用人たちが嬉しそうだよ、中庭で占い屋さんが開かれてるみたい。

コーシャ ……うまく、いくといいですな。
アセビ  なにもかも、ぜんぶがうまくいくなんて無理だとわかっているけど、冷たく堅苦しかった王宮で使用人たちの笑い声が聞こえるようになっただけで、少し希望が持てる。マナが気を配ってくれているんだと思う。同い年なのに、彼は本当に立派だ。

コーシャ 私からすれば、キルタも、グルリも、マナも、アセビも。皆同じように立派です。小さな背中に大きな運命を背負って、一歩一歩着実に前に進んでいる。なかなかできることではありませんよ。
アセビ  コーシャだって、アパートと一座を背負ってるだろ。私はやっと5年。コーシャはもう15年だ。君だって立派だよ。
コーシャ お褒めいただき光栄です。

アセビ  あ、叔父上だ。叔父上! コーシャが参りましたよ。王宮で行う春呼びの儀についての話し合い、私も同席させていただきますからー!

コーシャ …嫌そうな顔をしているな。
アセビ  いつもあの顔です。気にしても仕方ありません。
コーシャ 強くなられましたなあ。
アセビ  ええ、私は現・アムリタ王ですから!
コーシャ さ、使用人が参りましたよ。アムリタ王。

アセビ  世間話は終わり。さあ、はじめようか!

作・ひらたあや

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ひらたあや(ミュージカル作家)
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