見出し画像

【4白4】桃語りの欠片

「これで良かったのだろうか」
「君がそういうこと言うの?」
「俺だからさ」
 桃太郎は鬼……いや、鬼頭幽きとうゆうと並んで海を眺めていた。遠くに見える島。あれはかつて「鬼ヶ島」と呼ばれた場所だ。
「鬼頭一族を救うために、これより良い方法は思いつかなかった」
「俺だってそうさ。でも、お前ひとりを犠牲にして、俺たちが助かったところで……」
「犠牲だなんて、思っていないよ」
「爺さんと婆さんの世話もあるし、嘘をつき続けなければならない。結構辛いんじゃないか?」
「元より覚悟の上だよ。僕は、このために強くなったんだから。僕の強さはね、何かに勝つための強さではなく、負けないための強さなんだ」
「負けないため?」
「うん」
 ふ、と幽の口元に笑いが浮かぶ。やっと笑ったな、と桃太郎は思った。

 桃太郎が人里に向けて流されたのは小さな赤ん坊の頃だ。当然自分の出自は知らなかった。物心がつくと、周囲の人々が「鬼」と言うものに対して恐れを持っていることに気がついたが、桃太郎は周囲の人々の話にどこか違和感を感じ続けていた。だから調べた。「鬼」とは何なのかを。
 身体の鍛錬を兼ねて遠くの町まで歩いて行き、貸本屋で書を漁る。鬼に関しては子供向けのお伽話のようなものが多かったが、そのところどころに、少しずつ真実のようなものが埋め込まれていた。
 その後、ちょっとしたことがきっかけで、下っ端の役人と知り合いになった。桃太郎は十五の歳になっていた。
 よく言えば話好き、悪く言えば口の軽いその役人は、鬼にまつわるおぞましい実情を、世間話でもするように簡単に話してくれた。
「都を治めるにはさ、鬼が必要だったんだよ」
「必要?」
 何も考えていない風を装って聞き返す。役人は童顔の桃太郎を「坊」と呼び、明らかに軽んじていた。自慢げに話を続ける。
 鬼が都で悪さをし、帝の手の者がそれを調伏する。遠い昔、帝はそうやって地位を築いてきた。しかしそれは実は帝家の自作自演。鬼を準備したのも帝だったというわけだ。鬼役として白羽の矢が立ったのは、異形の者が多い血筋で、人々の目を避けるように都の外で暮らしていた鬼頭一族だった。帝は一族に無人島を与え、日々の暮らしを保証する代わりに、定期的に贄を差し出すよう命じたのだった。
 贄は最も容姿が醜い者が選ばれた。差し出された贄は鬼として都を襲う振りをする。そして、役人たちに殺され、見せ物にされた。
 ところが、帝家の地位が確固たるものになると、鬼は不要になった。そして、不要になった鬼たち、すなわち鬼頭一族が今度は邪魔になった。帝の策略を知る者たちを生かしておくのは危険だと誰かが言い出したのだ。
 そこで、帝はある噂を流した。帝に恐れをなして都から逃げ帰った鬼たちは、鬼ヶ島という島に住んでおり、人間の暮らしを脅かす機会を狙っているというのである。実際に、都ではなく周辺の村や集落を下っ端の役人たちに襲わせ、それらを鬼のせいにもした。それが、ここ最近の里の人々の噂の元になったというわけだ。
「鬼が本物の鬼でないならば、鬼退治なんて簡単なんじゃないの?」
「それがそうもいかんのだ。あちらも帝の動きを察知してな、密かに戦力を備えている可能性がある」
 なるほど。自らの手の内から犠牲者を出したくないから、噂を広めて鬼退治をしてくれる者を公募しているということか。どこまでも腐っている。
「僕、鬼退治に志願しようかな」
「坊が? やめておけよ」
「どうして? みんな困っているんでしょう?」
「そりゃあそうだが……」
「大丈夫。今聞いた話は誰にも話さないよ」
「そういう話でもないんだが……」
「心配してくれるの? ありがとう。でも大丈夫だよ。僕、こう見えて結構強いんだ」
「わかったよ。仕方がねぇな。できれば生きて戻れよ。お前と話をするの、結構楽しかったんだ」
「もちろん」

 そうして桃太郎は鬼退治へ行くことになった。ひとりで行くのだと言うと皆に驚かれたが、だからといって一緒に来ると言うものは居なかった。無論、桃太郎にとってはその方が都合が良かったのだが。
 約束どおり生きて戻った桃太郎は多くの褒美を得た。その褒美の一部を使ってさびれた山をひとつ買った。表向きは自らの鍛錬のため、および、今後絶対に開拓されない自然豊かな山を残したいのだと伝えてあった。残りの褒美はそのほとんどを育ててくれた爺さん婆さんに任せてしまった。
 その山が、今、幽と共に座っているこの山だ。
 私有地だから誰も入れない。爺さん婆さんでさえもだ。
 その山に、桃太郎は密かに鬼頭一族を住まわせている。自らも鍛錬のためと言って山に籠って過ごし、月に数回だけ、爺さん婆さんの様子を見つつ必要なものを仕入れるために里へ降りる暮らしをしていた。

「そのうちバレるんじゃないか?」
「大丈夫。君も知っているとおり、島には火を放って、火の中には先祖の墓にあった骨をばら撒いておいただろう? 帝の手の者が確認に行っても島にいた人間が全滅したと信じるはずだ。骨を持ち帰って調べたりはしないさ。鬼ではなく人間の骨だとバレたら困るのは帝の方だからね」
「その説明は島で聞いた。しかしこの山にお前以外の者が住んでいることが知れたら……」
「それも手は打ってある。鬼退治の途中で出会って親切にしてくれた身寄りの無い者を引き取って、山の管理を手伝ってもらうと言ってあるからね。戸籍の無い人間なんて、都の外には山ほど居る。あ、でも、君たちにはこれから守山一族、と名乗ってもらう。しばらく時間が経てばそれが普通になるさ。鬼頭一族は滅びた。それでいいだろう?」
「恐ろしく頭が回るな。確かに、名前などどうでも良い」
「褒めてくれるならば、僕を信用してよね」
「信用してるさ。そうでなければお前の話に乗らなかった」
「うん。君が話に乗ってくれたから他の人々を説得できた。感謝してる」
「お前に何の得があるんだ? あのまま、里で幸せに暮らしていればよかったものを……」
「なんでだろうね。自分が鬼頭一族の末裔だとは思わないけれど、誰かが何かの目的を持って僕を川に流したんだろう。僕だけを何かから逃がそうとしたのか、はたまた何かの希望を込めてのことだったのか。ただ単に不要になったなら、桃などに入れずに川に流せば良かったはずだ。小さい頃からずっとそのことばっかり考えてきた。その意図が分からなかったのはちょっと悔しいけれど、だから、何かのために生きようと思ったんだよね」
 それに、と言って桃太郎は鬼ヶ島から目を離し、空を見上げた。大きめの鳥が一羽優雅に洋上を飛んでいる。雉でないことは確かだ。
「昔から、人間よりも動物の方が信頼できた。僕は、里には馴染まない。山に籠る言い訳ができてちょうど良かったよ」
 旅の仲間も、犬、猿、雉だった。彼らもこの山のどこかに居るはずだが、必要以上に馴れ合わないのも動物の良いところだ。もっと寒い時期になったり、食べるものに困ったりしたら、姿を現すだろう。
「何かのため、か。誰かのためではないんだな」
「はは。よく気がついたね。そう。誰かのためではない。何かのためだ。なんとなく、これが僕のやるべきことだと思ったんだ」
「そんなに若くしてやることやっちまって、この先どうする気だ?」
「さあね。山の暮らしに飽きたら、一緒に旅にでも出る?」
「俺みたいな異形、連れてたら目立つぜ」
「ちょっと背が高いだけじゃないか」
 幽の容姿は整っており、むしろ美形と言っても良いくらいだったが、背丈が異常なほどに高い。桃太郎と並ぶと親子のようだった。時が時ならば、さぞかし良い「鬼」になっただろう。
「俺たちはひっそりと暮らすことには慣れている」
「うん。僕もできれば穏やかに暮らしたい」
「人間、苦手だって言ってなかったか?」
「苦手だよ」
「俺は人間ではないのか?」
「あはは。確かに君は全然嫌じゃない。本当に鬼だったりして」
「おお。言ってくれるじゃないか」
 幽は片頬を歪めるように笑う。
 笑わなかった鬼たちが、笑うようになった。今はそれだけで良いのだと桃太郎は思う。
 今後のことなど、今考えなくとも大きな問題にはならないだろう。心配しなくても、世の中に問題は溢れている。大きな流れの中で、再びそのどれかの波に巻き込まれることもあるかもしれない。そうしたらそれが、きっと、その時の自分の生きる意味になる。

 山に籠ってひっそりと鍛錬を続けた異形の守山一族は、その後の歴史の中で「忍びの者」と呼ばれ、方々で活躍することとなるのだが、その話はまた、別の機会に。

扉絵:『桃語り』 雉 Green pheasant

この雉は、この物語のための描き下ろしである
以前の白鉛筆さんとのコラボ作品の孔雀へのオマージュ

白鉛筆さん、note4周年おめでとうございます。
白4企画の音声配信の中で、私の物語について「物語の主題である問題が解決した後をとても長く書かれる。それ含めて物語だと考えているのだろう」というような趣旨のことを語っていただきました。
まさにその通りです。「あるところに⚪︎⚪︎が住んでいました」から「幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし」では終われないのが私の物語観。
前後の世界というかその世界をまるっと描きたい(想像できるようにしたいし、想像したい)。
というわけで、私の手土産はこんなお話になりました。
軽めに仕上げましたので、午後のお茶のお供にでもしていただければさいわいです。

これからも白鉛筆さんが白鉛筆さんの翼で羽ばたかれることを楽しみにしております。


鳥たちのために使わせていただきます。