なぜ、公共工事の労務単価に伐採工が存在しないのか
国民森林会議の機関誌、国民と森林154号に、153号に続けて文章を寄稿しました。機関誌が発行されたので、寄稿した文章をこちらに記載します。
今回機会をいただき、20年を超えた私の林業キャリアの中で、もやっとしていたことをまとめて書いてみました。
学者ではないので、間違っている論点もあるかと思いますので、長文ですがご一読いただき、異論、反論、ご意見いただけると嬉しいです。
以下本文
はじめに
『国民と森林』153号では地域フォレスターの必要性について書かせてもらいました。そこに記した本山町で取り組んでいる地域フォレスターの
育成は、実践的人材育成の一環と考えています(『林野』3月号にも取り上げてもらいました)。私のキャリア形成は、林業の現場作業員から始まりました。それは将来フォレスター(当時はフォレスターという存在は知らず)として活動するために現場の技能を身につけないといけないという動機からでした。
林業の現場仕事では二つとして同じ立地条件はありません。しかし常に「木を狙った方向に安全に倒す」ことが求められ、それには非常に高度な技術が必要だとわかりました。私はその技術を十分身につけることがないまま、現場を管理する立場になりました(その技術を極める才能がないことにも気がついており)。
そして欧州の森林管理の仕組みを学ぶことでフォレスターというポジションを知ることになりました。これまで2度ドイツに行き、バーデン・ヴュルテンベルク州の森林管理の制度設計を現地で学ぶ機会を得る中、現場作業員の教育制度、資格(表1)について、現場作業員は国家資格なのだと知りました。また現場作業員の資格はただチェーンソーで木が伐れるということだけではなく、森林管理に対する高度な知識も持ち合わせている必要があるということでした。
日本ではどうなのか。このような高度な技術が専門の資格として、公共工事の労務単価になぜ存在しないのか疑問でした。
現場作業員という表現をあえてしました。林業の現場作業員という表現は正しいのか、現場作業員とは何者なのだろうか。そんなことから考え、問題提起ができないだろうか、皆さんと議論できないかと考え今回寄稿させていただきました。
「緑の雇用制度」の問題点
緑の雇用制度は、私が林業の世界に入った2002年(平成14年)に補正予算で始まり、2003年(平成15年)から正式な制度となりました。私自身は当時このような制度を知らず、研修を受けることはありませんでした。
緑の雇用制度について、林野庁資料からは以下のように説明されています。
事業体の雇用管理の改善、事業の合理化を目的として、1996年(平成8年)に「林業労働力の確保の促進に関する法律」を制定し、「林業労働力の確保の促進に関する基本方針」を策定するとともに、2003年(平成15年)からは「緑の雇用」事業を開始し、新規就業者を対象とした研修等について支援を行っています。
平成22(2010)年度には、林業を取り巻く情勢の変化を踏まえ、新規就業者が働きがいを持って定着できる就労環境を整備するため、「林業労働力の確保の促進に関する基本方針」を変更し、「林業労働者のキャリア形成支援」等を新たな施策の柱として追加するとともに、同年度から「緑の雇用」事業においても林業労働者のキャリアアップを推進するための対策を追加して実施しています。
「林業作業士(フォレストワーカー)研修」
による新規就業者の育成対策、「現場管理責任者(フォレストリーダー)研修」、「統括現場管理責任者(フォレストマネージャー)研修」等による現場技能者キャリアアップ対策で構成されます(以上)。
引用元「緑の雇用」事業と林業労働力の確保・育成について
(https://www.rinya.maff.go.jp/j/routai/koyou/)
労働力の確保の中、林業労働者のキャリア形成支援という言葉が入ったことは重要な視点であると考えます。その結果、フォレストワーカー、フォレストリーダー、フォレストマネージャーという「言葉」ができました。フォレストワーカーの日本語訳は「林業作業士」と表現されています。作業士の定義は何かと調べてみましたが、作業士という言葉そのものが林業作業士しか出てきません。
そこで、ChatGPTに聞いてみました。
作業士という言葉は一般的に使われていません。しかし文脈によっては作業士という言葉が使われることがあります。その場合、以下のようなニュアンスを持つことが考えられます。専門的な作業を行う人、資格や認定を持つ作業者、一般的な作業者と区別するための表現など。正式な職業名や資格名称として「作業士」が存在するわけではなく、使用される文脈や業界によって意味が異なる可能性があります(以上)。
林業作業士は一般的な作業者と区別するために作られた表現と理解していいのかと考えます。では林業作業士が行う林業作業にはどんなものがあるのか調べると、厚生労働省の職業情報提供サイト(https://shigoto.mhlw.go.jp/User/Occupation/Detail/230)に、以下のように記されていました。
森林作業をする者の職業別名として、
山林苗木植付作業員、山林枝打作業員、山林下刈作業員、植林作業員、除伐作業員、地ごしらえ作業員(林業)、運材作業員、間伐作業員、集運材機械運転工、集材作業員、造材作業員、伐木作業員、伐木造材機械運転工
林業作業士の称号を得られる3年間の研修を終えれば、上記の作業員、運転工の特別教育、技能講習はすべて取得できます。これらを技能的だけでなく、知識、論理的に行う目的を説明できる能力をもった人材を林業作業士と呼ぶのであれば、相当高い能力の持ち主ではないかと考えます。
次に、○○士と呼ばれる仕事について調べてみました。
保育士、介護福祉士、臨床心理士、栄養士、理学療法士、歯科技工士、技能士、弁護士、行政書士、公認会計士、司法書士、税理士、建築士。これらすべて国家資格となります。
技能士にはどんなものがあるのかと調べると、以下の表の131職種があると出てきます(表2)。131種のうち、20種類は民間の指定試験機関ですが、
多くが国家資格となります。
中には、こんなのも国家資格なのかと思うものもあります。これらそれぞれの業界が良い意味で解釈すれば、品質を担保のために国に申請して制
度設計を行ったということになります。一方で改めて天下り先がこれだけあるのかという思いもあります。
国家資格としての士業が一般的に士業として知られている仕事以外にもこれだけ多様な業態に存在する中、林業作業士は国家資格ではありません。
私は現状、林業作業士は技能労働者であると理解しています。国土交通省の資料によると、法令上、技能労働者の定義はなされていません。技術者と技能労働者の違いについて、技能労働者とは、建設工事の直接的な作業を行う、技能を有する労働者である。 一方、技術者とは施工管理を行う者であり、直接的な作業は基本的には行わないとされています。
フォレストワーカーは林業の現場で働く技能労働者という理解で間違いないと考えます。フォレストリーダーは技術者という理解で良いかと考えます。
長々と言葉遊びをしてしまいましたが、なぜしつこくこんなことを調べて書いたのかというと、平成22年の「林業労働力の確保の促進に関する基
本方針」の改訂で、「林業労働者のキャリア支援」という方針を掲げた意味を考えたいからです。キャリア支援のために、それぞれのポジションでの「言葉」を作ったわけですが、それは本当の意味でのキャリア=資格なのかと問いたいのです。
必要なのはキャリアアップの仕組み
フォレストワーカー、つまり林業作業士というのは、資格ではない。つまりキャリアアップではないというのが私の認識です。
キャリアアップとは、知識や能力を向上させ経験を積むことで、経歴を高めることを指します。キャリアアップの目的は人それぞれであると思います。例えば、昇進や転職により年収が上がること、特定分野の専門性をより高めること、マネジメント職に就くこと、ポジションが上がることなど。
この「経歴を高める」は、「自分にとって望ましい状態に近づくこと」と捉えることができます。キャリアアップに似た言葉にスキルアップがあります。スキルアップは、知識や技術向上そのものを指します。
フォレストワーカー(林業作業士)は、緑の雇用制度にて、3年間一定期間の研修とそれぞれの所属事業体でのOJTを行うことで、フォレストワーカー(林業作業士)として認定されます。フォレストリーダー、フォレストマネージャーについても最後に試験を受けて、一定点数以上をとらなければ合格しないわけでもなく、研修を終了すれば認定を受けることができます。
森林総合監理士はどうでしょうか。森林林業再生プランの当初案で描かれた日本型フォレスターは、5年ごとに技術の向上を担保に更新する設計でした。ところが森林総合監理士では、取得のための試験制度こそ当初設計を踏襲したものの、所得後の更新制度は無くなりました。現状、森林総合監理士には何の権限もありません。これもキャリアアップではなく、単なるスキルアップではないでしょうか。私が林業界に必要だと考えるのは、スキルアップの仕組みではなく、本当の意味でのキャリアアップの仕組みです。
キャリアアップが給与、単価に反映される仕組みがないことは、林業が他産業に比べて、給与が安い理由の一つではないかと考えます。
公共工事労務単価が存在しない林業の仕事
キャリアアップを謳いながら、キャリア形成につながる資格が存在しないのが林業界です。国交省の労務単価表に、多様な工種の〇〇工という単価が存在します。その中になぜ「伐採工」が存在しないのでしょうか。伐採工事は伐採工という部掛を作らなくても良いレベルの技術なのでしょうか。
具体的にどのように記載されているか見てみます。林野庁の森林整備保全事業標準歩掛第2編治山第5森林整備に記載されている伐採の歩掛について見てみると、特殊作業員と普通作業員と記載されています。
(https://www.rinya.maff.go.jp/j/sekou/gijutu/attach/pdf/bugakarisankou-18.pdf)
国土交通省の調査対象職種の定義・作業内容によると、特殊作業員とは、相当程度の技能および高度の肉体的条件を有し、主として次に掲げる作業について主体的業務を行うもの、普通作業員は、普通の技能および肉体的条件を有し、主として次に掲げる作業を行うもの、とあります。
(https://www.mlit.go.jp/common/000110803.pdf)
なにが具体的に違うかというと、特殊作業員は機械を用い、普通作業員は人力ということです。例えば、特殊作業員は.動力草刈機を運転または操作して行う機械除草を行い、普通作業員は人力による除草を行うと記載してあります。また普通作業員は、各種作業について必要とされる補助的業務を行うもの、とされています。
次に伐倒の歩掛表(表3)を示します。
特殊作業員の定義・作業内容に伐採作業という文言はありません。普通作業員も同じです。記載されている定義から考えると、伐採作業の特殊作業員は、チェーンソーを用いて作業を行うもの、普通作業員は人力で伐倒作業の補助的作業を行うものと理解できます。
備考1に、本歩掛における作業内容は、伐倒木を地面に引き落とす工程及び伐倒木の移動を抑える程度までの枝払をする工程が含まれます。
これらを総合すると、本歩掛が想定している作業内容は、特殊作業員能力でチェーンソー伐倒し、普通作業員能力分として、手鋸で伐倒木の移動を抑える程度に枝払いを行うということだろうか。
歩掛表の28センチ以上の場合における、0.63という数字ついて考えてみたいと思います。ここで、西粟倉村の株式会社百森の代表、田畑直氏のnote
の記事(株式会社百森 標準工程と実態の乖離)を引用します。
100本伐るのに0.63人。1日8時間、1時間が60分なので0.63860=100本伐るのにかかる時間は302.4分。1本あたりになおすと3.02分です。補助員の時間も一緒にいれると6.04分ということになりますね。(引用了)とあります。
果たして、かかり木処理も考慮した場合、胸高直径28 センチ以上の立木を1日8時間現場作業したとして、6分に1本、伐倒、移動を抑えるだけの枝払ができるのだろうか。
岐阜県の標準単価は、特殊作業員26,600円、普通作業員23,500です。100本伐倒する単価は、(26,600+23,500)/21.26=31,563円です(316円/本)。
田畑氏のnoteから、林野庁は平成23年度から毎年、森林環境保全直接支援事業工程分析調査事業を行っています。その令和4年度版に調査報告書からは、現在の歩掛1.26に対して、調査結果として、2.14という報告をしています。この場合、(26,600+23,500)/22.14=53,607円となります(536円/本)。
田畑氏も言及しているように、かかり木処理の手間を考えるとこの単価でも妥当ではないと考えます。
現場の常識から考えても驚異的なスピードで伐倒していく作業の歩掛が、特殊作業員なわけです。
一方で特殊作業員の定義・作業内容に立木の伐採作業の記載はないのです。なぜ、高度な技術を要する伐採作業は特殊作業員の単価なのだろうか。
林業の資格が公共工事の労務単価に存在しないので、技能給が明確ではありません。林業、伐採工事等の公共工事において、設計業務委託等技術者がいないと事業を受けられないことになっていません。林業の資格の中、唯一の国家資格は林業架線作業主任者だけです。
フォレストワーカーをキャリアアップの資格とするなら、フォレストワーカー=伐採工として、公共工事の労務単価表に位置付けるべきだと私は考えます。
国有林の入札価格
私が民間事業体にいた時の話をします。飛騨森林管理署の国有林の森林整備を長年してきている事業体で働いていました。立木買いではなく、役務の提供を行う事業体でした。一時期代表職を務めていたので、金額を計算し、入札を行うのも仕事でした。
飛騨森林管理署では、一時期(十数年前)造林仕事は低入札が多く出るほど、地域外の事業者が安い価格で応札し、地元の業者が造林仕事を全く取れない状況がありました。森林組合はそれでも落札しないとその年の仕事量を担保できないため、落札優先で札を入れるという場合もありました。
どのような入札状況だったかというと(当時の記憶で記します)、一番安い場合は予定価格(公表はされていません、自分で計算して出した予定価格)の55%程で札を入れてくる物件もありました。1,000万を超える予定価格の場合は、予定価格の60%を下回ると低入札(保留)となり本当に
その価格で仕事ができるのか調査となります。ですがほぼ全て、結果としてその価格で落札となっていました。当時、造林仕事における保育間伐(切り捨て間伐)の予定単価は約20万/haでした。つまり、造林補助の標準単価より安い単価で落札している場合もあったわけです。
国有林の随意契約から指名競争、一般競争入札への変化
先の状況に至った理由として、当時の国有林の時代背景を説明しておく必要があると思います。私が転職した2002年(平成14年)は、平成10年の国有林事業の抜本改革(特別会計から一般会計へ向かう)が進行している中でした。当時はこのような状況であることなど知らず、現場仕事を覚えることに必死だったわけですが、思い出しながら話しますと、当時まだ基幹作業員の方がいました。我々が入る山のことは、基幹作業員の方に案内を受けていたと思います。定年を迎えると皆退職していき、そして誰もいなくなりました。配置される森林官も数年ごとに代わり、地域の山を資料でしか把握できません。結果、長年仕事をしている事業体の方が山の状況をよく知っているという関係性に変わりました。
私が民間事業体に入った頃は、物件によっては随意契約が残っていたという記憶があります。指名競争も物件によって取る事業体が決まっているわけです。そのため、前年度の秋ごろ、その年の現場の施業をしている中、来年度はここの現場が発注されるのでよろしくという会話が行われます。そのようにして、ある意味仕事は安定していました。
改革が進み、指名競争から一般競争入札になりました。結果として、先に書いたように地域外の事業者が造林の物件に応札してくるようになりました。造林の物件に特化してしまえば、入札参加資格に必要な同種の事業の実績も作りやすいからです。
当時、滋賀県や福井県に本社がある事業体が全国の造林事業を落札していました。それだけの数の物件を落札して、現場代理人の確保が不思議でした。現場代理人は複数の現場を兼務することはできません。全国各地の国有林の多くの物件に応札するだけの経験を積んだ正社員の現場代理人をなぜ用意できるのか。名義貸しがあったのではないかと考えます。その結果、中には落札しておきながら技能者が確保できなかったのか損害賠償金を払って辞退する物件もありました。
当時、指名競争から一般競争入札になったことで、1社応札の物件が多くあったことから、国有林側としても立場上、入札参加資格を満たせば、応札者が増え、会計検査等で突っ込まれることも無くなるわけです。
一方で、我々地元業者としては、このような状況になるまで、来年度の仕事が取れないという心配はありませんでした。基幹作業員がいなくなる中、地域の民間事業体が長年同じ山に入り続ける意味があると私は考えて国有林の仕事をしてきました。たとえば、今年下刈り、除伐した山は、いずれ我々がまた間伐や素材生産をすることになると考えれば、適当な仕事はできなくなるからです。
しかし、先に書いたように、来年この現場が出るからよろしく頼むというやり取り、世間ではこのような関係性を「癒着」と言います。同じ事業者が同じ山の仕事を取り続けることを「談合」と言います。
入札荒らしのような事業者は造林の物件しか応札に来ないので、保育間伐活用型という素材生産の物件には入札してきませんでした。民有林と同じく、保育から生産に移行していた時代背景の中、素材生産の事業請負で十分な事業量を確保できていました。
そして一般競争から総合評価落札方式の入札へ数年で急激に変化していきました。総合評価方式への変更は、現場からの要請もあったと理解して
います。価格競争型の一般競争入札では、太刀打ちできない状況だったからです。
当初、合計140点満点のうち100点は入札参加資格が得られれば、もらえる最低得点、それに対して、40点満点の評価点をいかに取るか考えていたことを思い出します。例えば当時まだ安全ズボンの着用は義務化になっていなかったので、チェーンソー作業する技能労働者に着用を義務付けますと書けば評価されました。当時、事業者間でも評価点をいかに取るのかという勉強会もありました。努力して40点満点で30点以上取る事業者もありました。しかし、いくら評価点を頑張ってとっても、低入札の基準では、入札参加資格だけの点数で応札する事業者に、評価値で上回ることができないわけです。
年に一度、森林管理署の署長を含む管理職の皆さんと意見交換する場がありました。その場で、建設土木業界の公共事業のように、低入札価格の引き上げと低入札での落札業者に結果として事業発注が行われることを出来ないようにならないのかという話をしました。
その時の署長さんの返事の内容は今でもはっきりと覚えています。以下のような内容でした。「そのような事業体でも経営面では黒字決算しており、その価格でやれるということに対して、Noとは言えない。またその価格で仕様書を満たす仕事をしてくるので、その価格で品質が担保されないという判断も出来ない。最低落札価格基準の引上げを要請するのであれば、それを証明することを事業者、業界として努力してもらうしかない」
これはもう10年も前の話です。当時この見解が林野庁としての正しい見解なのかどうかは分かりません。この話を聞いた時、同じ国有林の仕事でも、我々が行う森林整備ではなく、治山事業で同じようなことがあり得るのかと考えました。建設土木業界はどのようにして今の入札(歩掛)の仕組みを作ってきたのか。
世間は、公共工事の入札をほぼ100%近くで落札している状況を談合だという。建設土木業界も当初は仕事を取るために、価格競争していた時代もあるのだろう。しかし、それを続けた結果、何が起こるのか。見えないところで、品質を落として仕事をせざるを得なくなる。人件費を削らざるを得なくなる。ということに繋がっていく。そうならないよう品質を担保するためには、資格を持った技能労働者がいないと仕事ができないようにする。その人の単価は特殊作業員、普通作業員に比べて高い。当たり前のことだと考えます。
技能労働者の立場を軽視してきた林業界
一般的な公共工事においては、スキルアップして、技能が上がれば、〇〇工としてキャリアができます。建設土木業界ではその能力を持った人材が現場の技能労働者として配置されていないと仕事の品質が担保されない仕組みを作ってきたことで、今があるのだと考えます。そしてそれは今でも常に行われ続けているということです。
具体例として先に挙げた植栽の歩掛(表4)についてみてみます。林業の現場における植栽においても、特殊作業員と普通作業員です。
同じ森林整備の部掛表(表5)の中、植栽(A)は山林砂防工があります。
山林砂防工の定義は、
山林砂防工事について相当程度の技能および高度の肉体的条件を有し、山地治山事業(主として山間遠かく地の急傾斜地または狭隘な谷間における作業)に従事し、主として次に掲げる作業を行うもの
a.人力による崩壊地の法切、階段切付け、土石の掘削・運搬、構造物の築造等
b.人力による資材の積込み、運搬、片付け等
c.簡易な索道、足場等の組立、架設、撤去等
d.その他各作業について必要とされる関連業務
岐阜県の単価で比較すると、山林砂防工は、32,800円です。先に記しましたが、特殊作業員26,600円、普通作業員23,500円です。山林砂防工について、森林整備保全事業標準歩掛の制定について(〔最終改正〕令和5年3月24日付け 4林整計第839号)の別紙 森林整備保全事業標準歩掛の留意事項に以下のように記載があります。
(https://www.rinya.maff.go.jp/j/sekou/gijutu/attach/ pdf/bugakarisankou-26.pdf)
治山関係事業において「第1編 共通工」及び「第2編 治山」に定める「山林砂防工」の標記がある歩掛等を山林砂防工の適用条件に該当しない工事等に適用する場合は、「山林砂防工」を「普通作業員」に替えて適用するものとする。
また、治山関係事業において「第3編 林道」に定める歩掛等を山林砂防工の適用条件に該当する工事等に適用する場合は、標記している「普通作業員」を「山林砂防工」に替えて適用するものとする。
(1)山林砂防工を適用する箇所
① 勾配がおおむね30%以上の箇所
② 運搬距離がおおむね100m以上の
ケーブルクレーンを架設する箇所
③ コンクリート現場練りの箇所
④ 山泊を要する箇所
⑤ ①~④に準ずる箇所
(2)山林砂防工を適用しない工事等
① 林道工事と同種と見なされる工事
② 造林作業と同種と見なされる作業
③ ①及び②に準ずる工事等
造林作業と同種と見なされる作業とは違うと明記されています。つまり、同じ植栽でも造林とは違い、技術と手間がかかる場合を山林砂防工として植栽の歩掛が別途あるということです。
更に調べると、山林砂防工について、林野庁は令和5年4月に「選ばれる森林土木」に向けて~森林土木工事の積算等の改善~という資料を出しています(資料1)。
(https://www.rinya.maff.go.jp/j/sekou/gijutu/attach/ pdf/kakusyu_kijun-1.pdf)
資料の中、以前はあったのに、現状山林砂防工の労務単価が設定されていない県があり、周知するようにと言っています。
条件が厳しい現場で作業する人材確保のためには、当然しっかりとした対価を払う必要があります。その対価の確立があって初めて、キャリアアップになるのではないか。
国有林事業での私の経験に基づく署長への質問は、林業界への新規参入を排除したいということではありません。新規参入がない業界が成長産業化することはあり得ません(林業が成長産業という見方を肯定してもいませんけど)。言いたかったことは、林業界が品質担保のためのキャリアを作ってこなかったことが、結果として、技術がなくても簡単に新規参入できてしまう状況を作ったということを伝えたかったわけです。
国の仕事に現場代理人さえ確保できれば、チェーンソーと刈払機の特別教育を受けていれば誰でも特殊作業員(普通作業員は人力だけなので)として仕事ができるという現実があるということです。新規参入のし易さが、技術がなくても特殊作業員として認められる仕組みであってはダメなのです。
この現場の技能労働者の技術を軽視してきた林業界、それでここまでやって来れた、いや、やって来てしまった林業界なのです。なぜ林業界は、現場で日本の山を守っていきたいと日々汗をかいている技能労働者の地位を確立しないのか。
林業界最大の怠慢は安全の確保
もう一つ、現場の品質担保において、技能労働者個人の責任に押し付けてきた重要なファクターがあります、安全です。林業界における最大の怠慢は安全の確保です。
先に示した伐採の歩掛、胸高直径28cm以上(樹高およそ20mあります)を6分に1本処理しなくてはなりません。しかも1日8時間です。100本の立木、すべて立っている条件が異なります。現場によっては、傾斜角が30度のような場所もあるわけです。現場を知らない方が考えてもそんなペースで可能なのかと想像できるかと思います。
日本の人工林の多くが間伐手遅れ林です。狙った伐倒方向に倒せる技術を持っていても、倒れこんでいくスペースが空いていなければ、枝が干渉して倒れていかないわけです。これをかかり木といいます。
さかのぼること22年前の平成14年、私が林業界に転職した年に、厚生労働省は、かかり木の処理の作業における労働災害防止のためのガイドライ
ンの策定について(基安安発第 0328001 号)を出しています。
(https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-11201000-Roudoukijunkyoku-
Soumuka/0000185114.pdf)
そこには、かかり木の処理の作業における労働災害を防止するためには、
① 事前踏査の際に、かかり木に係る事項についても実地調査を行い、その結果に基づき、携行が必要な機械器具等を決定する等必要な準備を行うこと。
② 適切な機械器具等の使用、労働者の確実な退避等安全な作業方法を徹底すること。
③ かかり木を一時的に放置せざるを得ない場合に、講ずべき措置を徹底すること。
22年も前に国がこのような基準を設けているわけです。それが歩掛に反映されていません。実地調査において、現場の立木の径級、林分の密度、伐倒方向、枝がらみ等の状況を把握することになっています。径級による違いは歩掛にありますが、他の条件で係数がかかる条件になっていません。
技能労働者が安全を担保できる歩掛を作らないまま、やってはいけないかかり木処理の方法の禁止を声高に言い続けているのが林業界です。
では、なぜ公共工事も行う林業界が建築土木業界のように、自身の立場と安全確保を行うために色々な仕組みを作ってこなかったのか、作れなかったのかという点について私見を述べたいと思います。
一言で言ってしまえば、林業の技能労働者の全国労働組合(全国山林労働組合)が機能していないからです。
林業関連労働組合(全日本森林林業木材関連産業労働組合連合会(森林労連))の変遷については以下の報告に詳しいので参照していただきたい。
(林業における産別組合化論―全林野労働組合の組織単一化構想― 藤井浩明著 オイコノミカ 第52巻 第3号,2016年,pp. 29―37 参照)
この文献の中から一部抜粋します。
産別単一組織化を困難とする要因
林業労働者は一般的な労働者保護・保険制度の適用外に置かれることや、企業間移動が頻繁であった。また、現在、全山労の組合員の約75%は白ろう病の患者やじん肺病の患者である。組合員が白ろう病患者だけの支部も
存在し、そういった支部では対企業交渉は存在しない。
こうした林業労働者が抱える問題は、企業内の労使関係だけで解決することはなく、行政に対して政策的要求をする運動が労働組合に求められた。そのためには全国レベルでの組織化、さらに全林業労働者を統合する組織化が必要となった。
こうした産別単一組織化が求められる条件がある一方で、国有林労働者と民間林業労働者との間には、賃金水準、社会保障などすべてにわたる大きな格差が存在してきた。国有林労働者に対峙する経営体が、公的国家資本であり、そのことを前提に、大規模経営による集団的作業は就業を安定化させ、基幹部分に限定されるとは言え、近代的労働者を徐々に増加させてきた。
他方、民間林業労働者が対峙する経営体の特徴は、資本の脆弱性と経営の小規模零細性である。それは低い技術水準のまま低賃金で雇用できる半農的性格を備えた多数の不安定就業労働者の存在を前提とする。
組織単一化に対する労働組合関係者の現在の意識については、「国有林の賃金体系を持った組合と企業ごとに異なる賃金体系の組合が統合することはかなり難しい」、「全林野独自の運動(日林労との統合など)があり、まずは自分たちの問題からという意識もある。全山労の組織拡大も進んでおらず、民間林業労働者の結集に最大限取り組むことが主要課題であり、組織単一化までには至らなかった」といったように、国有林と民有林とで職
業的類似性、作業の同一性はあるものの、雇用条件の差異、各組合が抱える諸課題等から、組織単一化が困難であったと認識されている。
以上
先に書いた国有林事業での経験の中、国有林労働者である基幹作業員さえいなくなりました。その結果、合わせるべき国有林の技能労働者賃金水準、社会保障の水準がなくなりました。それがいまでも日本各地に点在する民間の技能労働者の賃金水準の低さの原因の一つと考えています。
森林労連はなぜ、労働組合として伐採工という技能労働者を国に認めさせないのか。伐採工=フォレストワーカー(林業作業士)とするのであれば、林野庁と連携して技能検定を行う国家資格制度にもっていかなくてはならないと考えます。
前号ではフォレスター=森林総合監理士を国土交通省の設計業務委託等技術者単価に、どのようにすれば掲載されるのかを考えていきますと書かせてもらいました。
今回、林業の技能労働者の立場について、改めて自分の考えを整理するなかで、林業界全体のキャリアアップの仕組みを作っていかないとフォレスターが「士」業になることはないだろうとの確信がますます強くなりました。
この世界に入った22年前、当時森林組合はだめだ、組合が日本の山を荒させたと日本の森林管理を組合に代わって担っていくとNPO等が出て
きた時でもありました。
しかし当時生まれたそのような団体は今どうしているのか。多くは解散したのではないでしょうか。それはなぜか、飯を食べていけないからです。思いだけで続けていける仕事ではありません。キャリア形成の仕組みがない業界での人材育成とは何なのでしょうか。目指すはうまいこと儲ける民間事業体の社長なのでしょうか。とても持続可能ではありません。
林業の技能労働者は令和2年時点で43,000人ほどです。たったこれだけの人数で国土の7割、そのうちの4割の人工林の手入れをしているわけです。森林組合がだめだとか自伐型でないとだめだとか、対立構造を作って林業界がよくなるとは思いません。我々は次の世代に「良い山」を残していくためには、「良い労働環境」を作っていく必要があります。良い労働環境の土台がない中では、真の人材育成などできるはずがないと考えます。
3.5%、1,500人から始めよう
林業界の仕組みなんて変わらない、俺には、私には関係ない、目の前の自分が管理している山が良くなればいい、果たしてそれでいいのだろうか。
今の林業界を作った方々はもうすぐいなくなります。2025年以降、労働人口の半分以上がミレニアル世代(1981年以降に生まれ、2000年以降に成
人を迎えた世代)になるのです。
社会の仕組みを変えていくということにおいて、3.5%という数字があります。旧態依然とした仕組みを変えるには、3.5%の人間が行動を起こせば
社会変革は起こり始めます。
技能労働者43,000人の3.5%は1,500人です。たった1,500人です。
私は約束します。フォレスター=森林総合監理士をキャリアアップの資格にします。
そのために、林業の現場で働く技能労働者の皆さん、そして、林業界に何等かの形でかかわっている皆さん、3.5%のメンバーとして自ら行動を起こしてください。共に行動を起こす仲間になってください。伐採工を歩掛に載せましょう。よろしくお願いします。
(異論、反論、感想お待ちしております。
komori@foresters-llc.jp まで)
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