本山町における森林ゾーニングと地域フォレスター育成(現代林業R6.9月号寄稿)
現代林業9月号の地域林政アドバイザーが見た現場の課題というコーナーに寄稿しました。
高知県本山町にてどんなことをしているのかご興味ある方ご一読ください。
本山町の概要
本山町は高知県北部中央にあり長岡郡に属し、北は愛媛県に接する町です。町面積13,422haのうち12,088haが森林で90%が森林です。そのうち民有林が8,407haと約70%を占めています。民有林のうち人工林率は83%、人工林の70%(蓄材積77%)がスギとなっており、圧倒的に杉が多いのが特徴となっています。
まちの中央には東西方向に吉野川が流れ、吉野川を境に南北で地質が大きく異なります。
吉野川北岸は三波川(さんばがわ)帯に属し結晶片岩が主な構成要素となっている一方、南岸は御荷鉾(みかぶ)緑色片岩が占める特徴的な地質構造を有しています。時に汗見川沿いは世界的にも有名な変成岩地帯となっています。
土佐本山コンパクトフォレスト構想
本山町では2019年に森林環境譲与税の使途を協議する「本山町林業活性化推進協議会」が設置されました。その議論の中、本山町の今後の森林のあり方を示すビジョンづくりが必要となり、2021年からビジョンの検討が始まり、「本山町森林・林業ビジョン策定委員会」が設置されました。
この委員会には前身となる協議会のメンバーに加えて、商工会長、観光協会長、そして地元の嶺北高校から2名の高校生も参画し始まりました。
多様な立場の委員の中から出てきた言葉が「なないろの森」そして「本山町は、非常にコンパクトにまとまった地域である」というものでした。
このような過程を経て、2022年3月に本山町の森林ビジョン「土佐本山コンパクトフォレスト構想」(以後本構想と表記)が完成しました。本構想は第7次本山町振興計画とリンクして、2022年から2071年までの50年間の森林のビジョンを示しています。
地域林政アドバイザーとして業務委託を受けた経緯
本山町の森林行政の担当課は、まちづくり推進課です。人口が3,000人強の町ですので、同規模の町村同様に林業施策の専属担当者はいません。一方で嶺北地域に架線集材技術を持つ林業事業体が複数存在し、林業が主要な産業として存在する町でもあります。
このような人員体制の中、本構想ができるにあたり、紹介したい人物がいます。立川慎吾さんです。彼は2017年に地域おこし協力隊(林業振興活動員)として移住してきました。活動する中、2019年に本山町が林業専門職員の募集することになり、地域おこし協力隊の立場ではなく、行政側の立場にならないとできないことをしようと手を挙げ、その中で、ビジョンづくりが必要だと提案しました(立川氏のブログ:おいしんごがそれっぽく語ってみたより)。
ここで私が何者なのかを簡単に説明します。私は、2002年に大阪から岐阜県郡上市の民間林業会社にIターンし、現場技能者として働き始めました。現場で働く中、日本にも欧州のフォレスターのような立ち位置の専門家が必要だと考え、2016年に森林総合監理士の資格を取得後、林業会社を退職し、2021年に民間の森林総合監理士5名とフォレスターズ合同会社を設立し、現在は市町村の林務行政支援の仕事をしています。
立川さんとは、本山町とは関係なく、森づくりの勉強会(近自然森づくり研究会)で出会っていました。
本構想には、その構想を実現していくために必要な基本施策が書かれています。その中に「本山町森林施業プランナー・本山町フォレスターの育成と募集」と「科学的知見に基づくゾーニング」という項目があります。
私が森林総合監理士、日本型フォレスターとしての活動方針に、地域の専属フォレスターを配置し、育成していくということを当初から掲げています。その考えと本山町フォレスターの育成と募集という施策が一致しました。
また科学的知見に基づくゾーニングについて、私が住んでいる郡上市が2017年3月に郡上市森林ゾーニングに関する検討報告書を出しましたが、その検討会議の委員として、策定に関わりました。その手法を参考に、本山町が考える科学的知見に基づくゾーニングの検討を行うこととなり、この2つの基本施策の推進役として、地域林政アドバイザー制度を活用して、お手伝いすることになりました。私個人として、行いたかった市町村林務行政支援が実現し、本構想の実現のため、尽力することを誓いました。
地域フォレスターの育成と募集
本構想を進めていくためには、町内の森林を広域かつ長期的な視点で計画・監理を行うフォレスターが必要です。数年で移動が伴う町の職員では長期的に関与することができません。よってその人材を採用、育成していくことになりました。2022年秋、1名募集を開始し、大阪での説明会等を経て(写真3)、2023年4月からフォレスター候補生として石川友博さんが着任しました。地域おこし協力隊として3年間学びながら活動をしてもらい、地域におけるフォレスターとして活動していく基礎を作ってもらいます。4年目以降は、独立して活動して行きますが、フォレスターズ合同会社として、継続的にサポートしていく計画となっています。
我々はこのように地域に専属のフォレスターを地域フォレスターと表現することにしています。
森林ゾーニング
本構想に示されているなないろの森は、「高知・嶺北・本山といえば」という幅広い内容から「機能的な森林ゾーニングイメージ」を表したものです。そこで具体的な施策としては、森林環境譲与税含め本山町として森林整備に使える予算をどのような森林に、どのような優先順位で配分していくのかを明確にする必要があると考えます。そのために科学的知見に基づくゾーニングと表記されていると理解しています。
ではどのような目的のためにゾーニングを行うのか。本山町において持続可能な林業をしていくためには、町内において木材生産が可能な森林の年間成長量(=伐採可能材積の上限)の把握が必要ではないかと考えました。最大値を把握した上で、実際に年間どれくらいの木材生産量を目指すのか、その生産量を決めない限り、地域に必要な現場技能者数もわからないという考えです。
この目的のため木材生産(経済性)と災害防止(リスク判断)に基づくゾーニングの検討を開始しました。その検討のため地域の林業関係者を中心としたゾーニング検討分科会を設置しました。
木材生産の視点として路網からの距離(300m)、災害防止の視点から林地の傾斜角(30度)を1段階目の判断基準、法的な山地保全の規制を第2段階、そして所有者の意向を第3段階としてゾーニングを行いました。
机上のゾーニングは、地域の森林の状況を考慮したスタートラインに過ぎません。森林経営計画や伐採届等で施業を行う場合、その林分の危険要素をまずゾーニングで判断し、詳細な判断が必要な場合は現場で確認し、事業者に適切なアドバイス、時には施業方法の変更を伝える必要があります(チェックリストを用意しています)。
これらを山林所有者、事業者とやり取り出来る林務担当者は居るでしょうか。そのため、本山町ではゾーニングを形骸化させることなく、山林所有者、事業者の相談を受け、現場条件に即したゾーニングに変更していく役割を地域フォレスターの仕事として考えています。
ゾーニングと地域フォレスターの育成は別ではなく、実際の山の状況に合わせたゾーニングに変更して行くために、地域フォレスターが必要となります。
2022年10月から始まったゾーニングは、半年かけて、委員会の皆さんにゾーニングの必要性を理解してもらい、なぜゾーニングするのか目的の共有とベースの考え方を決めることに時間をかけました。
2023年4月からは、特に災害防止(リスク判断)の考えを十分理解してもらうため、地域の林業関係者に地形、地質を見る目を養ってもらう研修会(座学、現地研修)も同時に行いました。林業現場では、山の地形、地質によってどのような危険要素があるのかを理解し、リスク判断していると言い難いのが現状かと思います。
並行して、机上のゾーニングおいて環境保全林に区分したところに森林経営計画の申請、更新や伐採届が出された場合、どのような手続きを踏んで対応するのかも検討しました。
これは、本山町森林整備計画の内容の変更も伴うことになるため、変更案に対して、2024年は実際に運用してみて、問題点がないかどうかを検討することにしています。
2023年一年かけて、検討した結果、現在なないろの森とリンクする形で、GIS上で色分けできるところまで来ました。
ゾーニングは手段にすぎません。なぜゾーニングが必要なのか。林業が可能な林分がどこにあり、その林分の蓄積量、成長量を把握しない限り、持続可能な木材生産量は分からず、そのために必要な現場技能者の人数も検討できません。
今後の課題について
この一年半の検討により、スタートラインとなるゾーニングはできました。これは今後実際の現場の状況(経済的、技術的変化)により常に変更がかかってきます。このような状況の中、本山町の木材生産林の蓄積量、成長量の増減に影響を与えるのは、皆伐面積というファクターです。本山町において、どのような考えの元で、皆伐―再造林を行っていくのか。
その面積はどれくらいを考えていくのか。その結果、地域の再造林100%を担保するには
どれくらいの造林技能者が必要なのかを考えていかなくてはなりません。
ゾーニングを進める中、皆伐の届出に対する対応という課題が出てきました。民有林において、皆伐はあくまで所有者、伐採事業者から伐採届が出てきて実行されます。行政側が能動的に動くことはできません。災害リスクが高いとゾーニングされた林分の皆伐届が提出された場合、地域フォレスターを中心にしっかりとしたサポート体制を構築していく必要があります。
もう一つ皆伐の伐採届に対する課題として、造林の手法として天然更新を選択した場合です。その林分が天然更新可能かどうか把握できているでしょうか。
本山町において、過去天然更新での皆伐届が出されたところについて、5年が経過したのち天然更新要件を満たしているかどうか調査したことはありません。つまり天然更新が可能かどうかのデータそのものがないという状況では、皆伐届―天然更新の申請がされても指導することができません。
この現状をまず改善するために、2024年は5年以上経過した箇所について更新条件を満たしているかどうかの調査を行う予定です。
このような状況は本山町だけではなく、多くの市町村において同じ状況であると考えます。国の花粉症対策もあり、皆伐面積は増加傾向にあります。しかし再造林率は都道府県により大きな違いがありますが全国平均すると4割しか再造林されていません。再造林が行われない理由の一番は再造林する人手が足りないということですが、市町村の皆伐―天然更新の届出に対して、受理するしかない状況の改善も行う必要があると考えます。
皆さんの市町村森林整備計画における「植栽によらなければ適確な更新が困難な森林の所在」にどのように記載されているでしょうか。
私は市町村の林務行政の大きな責任とその能力において、ここにどのような記載があり、それに対してどのように対応しているかが大きいと考えています。