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3/18・19 懐かしい友達と今だからウケる話

2日も日が空いてしまった。今日書いておかなければ、なんだかもう二度とnoteを書かない気がしたので書かなくちゃ。

先週の土日はここ最近で一番ハッピーな時間だった。卒業以来会っていなかった高校の友達が私が住む街に来てくれたのだ。

彼女とは私が地元に帰省する度「会いたいけどなかなか会えないね」というやりとりをずっと重ねていたのだが、「なんなら私がそっち行こう!」と提案してくれたのだ。
びっくりした。彼女の住む街から私の住む街までは高速道路を走らせて3時間ほどかかるというのに、え、来てくれるんすか!? 大切なお休みを使って!? マジで!?
私には友達とのコミュニケーションになると少し及び腰になる悪癖がある。それゆえ生まれる「会いたいけどなかなか……」というモダモダを一発で吹き飛ばしてくれた彼女には感謝しかない。眩しいぜ。
そんなわけでトントン拍子で日取りが決まり、ちまちま部屋の掃除をしながら土日を待った。

久々に会った友人は変わってなくて、けど大人っぽく綺麗になっていて、でもやっぱり根幹のところは変わってなくて、良かった。
彼女はミニスカートを履いていた。似合うな可愛いな〜と思っていたら「いつもは丈が長いスカートを履きがちなんだけど今日は気合い入れて短いスカート履いたんだ」と教えてくれて、嬉しさで頭がおかしくなりそうだった。私と会うために可愛いカッコしてくれてんの!? と思うと凄くハッピーな気持ちになった。まあ私も友達と会うためにいつもよりしっかりめに髪の毛巻いて来たので似たようなモノだが、それだけお互い今日を楽しみにしていたということだ。なんだか嬉しくなった。

ロフトのちいかわポップアップストアに行き、気になっていたお店で美味しいパスタを食べ、私の部屋でスケットダンスのアニメを見た。暇だけどどっか行くのもダルいねという時、アマプラは真の輝きを見せる。

夜。土曜日の飲み屋街はどこに行っても満席で、行く店行く店に断られた。予約しとくんだった〜!と言いながら最後の望みをかけて行ったお店の最後の二席が空いていて、なんとか夕飯にありつけた。飲み放題もあってラッキーだった。

お酒を飲みながら、高校時代の話をたくさんした。いま現在の話もしたけれど、それよりも高校時代の思い出がまるで湧き水のように湧き上がってくる。

3年の時なぜか一度も席替えしなかったけどアレ絶対席替えした方が良いに決まってたよね。
生物の先生めちゃくちゃカッコよくてあの先生を見るために職員室行ってたよね。
クラスマッチで無双してたの楽しかったね。

自分でもびっくりするくらい高校時代の思い出がポンポン出て来て、彼女と話しながら「自分ってこんなこと考えてたんだ」と改めて再認識しつつお酒をぐびぐび飲んでいた。お酒をぐびぐび飲むので口もくるくる回って楽しくなる。

それで、これ今他のクラスメイトに会っても割と楽しく喋れるんじゃない? という考えがぼんやり頭に浮かんだ。


以前noteでもちらりと高校時代について書いたことがあったが、私の高校時代のスタートは散々なものだった。

以前の記事を読めばクソナード性格が全ての理由であるかのように思えるかもしれないが、それとは別にもう一つ理由がある。
私の住んでいた町は周りを山に囲まれた山間地域で、小中学校はそれぞれ一つしかなかった。そのため「友達を作る」という所作を最後に体験したのは保育園の時で、それから後はずっとみんな知り合い、みんな友達の世界。ひとつのでっかいコミュニティの中、自分に合った小さな円を作っていく場所で育った。だから「初めまして」からスタートするコミュニケーションの作法を完全に忘れてしまったのだ。
そして教室において圧倒的マイノリティな陰キャ気質が加わって、私の高校生活は早くも詰んだ。

私がクラスメイトたちとの距離感を測りかねていたのと同じように、きっとクラスメイトたちも私をどう扱えばいいのか分からなかったんだろうな、と今になって思う。

周りの優しい人々のおかげで私は高校生活をなんとか持ち直し、一年生の後半には少しずつ少しずつコミュニティに参加できるようになってきた。けれどやっぱりどうやってコミュニケーションを取ればいいのか分からないクラスメイトはいて、それはきっと向こうも同じことを思っていたのだろう。いや分かんないけど。

もう少し喋りたいな、絶対喋れるようになったら楽しいだろうなという気持ちだけは抱えておいて、しかし一番最初にコミュニケーションをミスって詰んだ経験から何もアクションを起こすことができなかった。それでいつのまにか高3の3月になって、卒業した。



今思うともっと仲良くなりたかったなぁという人が割と結構いる。しかしあの時それができたかと問われれば、ちょっと無理だと思う。当時私はすっかり自分のコミュニケーション能力に自信がなくなっていて、「話しかける=キモいと思われてしまう」なんて過剰な等式が頭の真ん中にあるほどネガティブ精神がこびりついていたのだ。
今思うとネガティブすぎる。別にキモいと思われてもいいから、話しかければ良かったんだけど。

でもそんなこと、あの時の私にできるわけがない。だって3年間おんなじ教室で過ごすのだ。私のいた教室にクラス替えはなかった。決められた狭い社会の中で、下手なアクションは起こさないのが吉である。

けど、今なら。今はみんな違う場所で違う人生を歩んでいる。別に明日も一緒の教室で勉強するわけじゃないし、クラスマッチで私が足を引っ張ることもない。もし私がうっかりコミュニケーションをミスったとしても、二軒目出て終電あるからバイバイしたらそれまでだ。


酒を飲みながら友達との会話に再放送される高校生活は、バカで必死でめんどくさくて一生懸命で、でもだからこそ面白くてキラキラしていた。
実はね私あの時こう思ってたんだ、なんて話も全部結果論だから全部ウケてしまう。全部終わったことだから、全部懐かしいし全部面白い。

けど当時の私たちにとって、あの教室は間違いなく一つの社会だった。その場所で生きていくためにはその場所で生きていくための方法が必要で、私たちはとにかくそれに必死だったのだ。
今思えばその必死さも面白いのだけど。


二軒目にも行ってたくさんお酒を飲んだ。彼女は私が好きなバーを気に入ってくれたみたいで、なんだか嬉しかった。二軒目でもやっぱり高校の思い出話を山ほどして、ちょこっと趣味の話もした。

彼女が投稿した私とお酒を飲んでいる旨のストーリーにクラスメイトたちから「いいね」が来ていて、なんだか嬉しくなった。さらに言えば元担任からも「いいね」が来ていて、そっちはなんだかウケてしまった。純粋に「私のこと覚えてるんだ……」となった。私は元担任のインスタをフォローしていないから詳しくは知らないが、めちゃくちゃストーリー更新が頻繁らしくてそれも面白かった。教師に対して「解釈一致だわ」と思うことってあるんだな。
でも元担任からの「いいね」はなんだかヘンに嬉しくて、二人でモゾモゾしながら「なんか嬉しいね」と言った。なんだかんだ言いながらちゃっかり嬉しくなっている自分にもウケた。



ここからはただただ楽しかった日記。

2日目はせっかくなら鹿児島っぽいところに行こう! ということで指宿温泉の砂蒸し風呂に行くことにした。

めちゃくちゃ良い天気で最高だった。

砂蒸し風呂はあったかくて重くて気持ち良い。気持ち良すぎて寝てしまった。マジでサイコー。卒業するまでにもう一回くらい行きたい。

友達の運転で鹿児島市内から指宿まで行ったのだが、すっかり運転に慣れていて尊敬した。私はこの前免許を取ったばかりで、この前ようやく道を走ってハンドルを持つ手が手汗まみれになっていたのに……。

これから高速に乗り地元に帰るのに移動の運転をお願いしてありがたい限りだな、と思っていたのに帰りの車で爆睡してしまいガチで反省した。マジで良くない。本当に反省。


2日間めちゃくちゃ楽しかったな。
なんとなくぼんやりと、高校時代の友人と会うことに少しビビっていたのだけど「案外大丈夫」ということが分かった。友達はまた会おうねと言ってくれて、なんだかそれが凄く嬉しかった。

久々に会えて良かった。また会ってお喋りしたいな。

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