ビギナーズラック

 私はNHKのテレビ番組に出たことがある。
 
 昔、「あなたのメロディ」という番組があった。一般の人が作詞作曲した楽曲をプロが編曲し、それをプロの歌手が歌ってくれるという番組だった。
 
 高校時代、ギターをいじっていた私は、大学に入る前の春休みに、暇に任せて曲を作った。「あなたを愛した私」という、はずかしい題名の曲だったが、ふとあなたのメロディという番組があることを思い出して、冷やかしに応募してみた。
 
 まさか、この曲が番組で採り上げられることはないだろうと思っていたら、しばらくたってNHKから書類が届いた。その書類によると、私の曲があなたのメロディに採用され、テレビ収録するのでNHKまで来てもらいたいという内容の通知だった。その通知によると、私の歌を都はるみが歌ってくれるらしい。
 
 東京など修学旅行で行ったくらいしかなかったガキに「NHKに来い。しかも都はるみがお前の歌を歌ってくれる。」という通知が舞い込んだのだ。
 
 もう、ビックリ仰天、有頂天。田舎では、テレビに出るなどというのは遠い別世界の話で、まさか自分がテレビに映るほうになるとは、夢にも思わなかった。
 
 その前に、自分は東京の大学に入るために、東京の小さな下宿に引っ越していたが、収録当日、その下宿までNHKに依頼された黒塗りのハイヤーが私を迎えに来た。ハイヤーですよ、ハイヤー!運転手さんが恭しく敬礼をしてハイヤーのドアを開けてくれる。そのような待遇をしてもらったことがなかった私は、同じように運転手さんに最敬礼して車に乗り込んだ。
 
 いよいよNHKに到着した。受付で名乗ると、あなたのメロディの担当者が現れ、私をスタジオに案内した。そのスタジオで、番組にいつも出演している伊藤アナウンサーに紹介された。テレビで視ている人が目の前にいることだけで、心臓がどきどきした。
 
 その時に、この曲を作った経緯とか私の現在の環境などを尋ねられたと思うのだが、まったく覚えていない。ただ、あなたのメロディはラジオでも放送しているそうで、その録音の時に私が自分の曲を歌う羽目になってしまった。すっかり緊張していた私は、調子はずれの歌になってしまい、本当に恥ずかしかったことは今でも覚えている。
 
 いよいよテレビ収録である。広いスタジオに出演者のひな壇が設けてある。番組では曲の制作者と歌ってくれるプロの歌手が並んで座るという趣向になっており、私は都はるみさんと並んで座った。番組では4曲が紹介されるので、都はるみさん以外にも歌手の方々が座っている。山本リンダ、日吉ミミ…など、紅白歌合戦でお目にかかるような有名人だ。
 
 収録の合間に都はるみさんといろいろ話したのだろうが、これもまったく覚えていない。ただ、有名な歌手でも、話してみれば普通の人だと感じた(どうでもよいけれど、その後都はるみさんはいったん芸能界を引退するときに「普通のおばさんになりたい」と言っていた)。
 
 番組は、収録から1か月くらい後に放送されたのだが、田舎の我が家では、家族全員がテレビの前に陣取り、私の「晴れ姿」を見逃すまいと必死に視たそうだ。当時はテレビ録画機能やスマホなどはないので、父は、テレビ画面をカメラに収めた。その写真が今でも残っている。
 
 私は下宿で仲間とともに番組を視聴したが、下宿のおばさんが「へえー、坪谷君もすっかり有名人になったじゃない」と言ってくれた。
 
 翌日学校へ行くときに、周りの人の目が気になった。「あっ!あの人昨日テレビに出ていた人だ!」と言われたらどうしようと、ドキドキした(バカでしょう?)。しかし、現実はそのようなことはまったくなく、道行く人は無関心にすれ違うだけだった。
 
 私は、最初に作った曲がこのようにスポットライトを浴びることになったので、ひょっとしたら自分には音楽の才能があるのかもしれないと思い、その後何曲が作って応募してみたが、ボツの繰り返しだった。やっぱりあれば「ビギナーズラック」だったらしい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?