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「ちいさなかぶ!」第5話
※この作品に登場する企業・団体は、実在する企業・団体とは一切関係ありません。
「うめーっ☆」
「頑張った後はやっぱこれだな!」
わたし達はマクドルに移動して、ファ〇タを飲んでいた。酒飲むと言っていた音ちゃんは、飲み物は水でチーズバーガーにかぶりついている。ファ〇タすら飲まないんかい。
蓮ちゃんがおもむろに某司令のポーズを取って、きらりと眼鏡を光らせた。
「それでは皆の衆。宿題の発表といこうか」
ビクッと肩が震える。“最初に買う株”の話題、キター!
「はいはーい。ウチ発表します!」
トップバッターに名乗り出たのは音ちゃんだった。「ドウルドゥルドルンドルン……」と舌が回ってないドラムロールの口真似を聞かされた後、「ジャン!」と手を叩く。
「本愛堂!」
「おぉ!」
本愛堂はあちこちに店舗があるお馴染みの本屋さんだ。
「ニコタマにあってさ、よく行くんだ。株価は340円。マジ安くね!?」
「へぇー、いいね!」
「素晴らしい! 身近なチョイスだな」
3人いたら発表するのは2番目がいいに決まっている。蓮ちゃんが言い出す前に、「ハイ!」と手を挙げた。
「わたしは、ワイアドベンチャーって会社だよ」
誰も知らないかな? と思ったけど、音ちゃんが「聞いたことあるような……」と反応してくれた。
「あ! ゲーム会社じゃね?」
「正解! これも580円だよ」
蓮ちゃんにアドバイスをもらってから、あらゆる会社の株価を検索しまくった。最初はわたしの愛するケーキ屋さんから調べたけど、たくさん店舗があるような大手のケーキ屋さんでも株があるところはなくて、見つけられたのは藤井家だけ。でも藤井家も株価が2300円と23万円するのであえなく断念となり……。それから部屋の中にあるもので何かないかな~と探していたら、棚に入っていたお菓子作りゲームの開発会社がワイアドベンチャーだったので、調べたらビンゴだったのです!
「最後は私だな。私は、コニシミノルデルンという会社だ」
「こにしみのるでん?」
「ここはオフィス用の複合機、印刷機、液晶ディスプレーのフィルム、医療向け製品など様々な事業を展開している会社なんだ。株価は420円とお手頃価格」
「ほへー」
全然知らない会社だ。今聞いた事業内容的にもわたしとは関わりがないからなぁ。
「おっかしいなぁ……」
「音ちゃん?」
音ちゃんが難しい顔で首をひねっている。
「その会社、ウチは知らないはずなんだけど、どうも聞き覚えがあるんだよね」
「えぇ? 知らないはずなのに聞き覚えが……?」
「その答えはな、音氏」
蓮ちゃんがピシッと人差し指を立てる。
「コニシミノルデルンは、プラネタリウムの開発もやってるのだ」
「あっ、それだ!」
音ちゃんがポンと手を打つ。
「ウチの推しがプラネタリウムのナレーションに抜擢されてさ。池袋まで観に行ったんだよ! そこで社名を見たんだわ」
「へぇ~、どうだった?」
「うん、アロマのいい匂いがして癒された!」
何!? アロマの香りがするプラネタリウム?
めっちゃ気になる。
「推しのいい声もするし……寝っ転がれるし、暗いし……」
「音氏、まさか……」
「いやぁ、癒されすぎるのも問題だよね」
音ちゃんがポリポリと頭をかく。
なるほど。プラネタリウムに行く前日にはよく睡眠を取らないとダメだね。
さて、こうして3人の候補が出そろったけど……。
「蓮ちゃん。この中からどうやって決めるの?」
「うむ、チャートを参考にしようと思う」
「チャート……?」
なんか重要そうな太字の単語が出てきた……!
蓮ちゃんがぴろぴろとスマホを操作して、棒グラフの画面を見せてくれる。
「これがチャートと言って、株の値動きを表したものだ」
「へぇー」
チャートと呼ばれるそのグラフには、下側が日付で右側には株価の目盛りがあった。日付ごとの株価を表しているのはわかったけど、棒は長さがマチマチで長いのも短いのもある。
「うーん? これじゃ、株価が結局いくらなのかわからなくない?」
と聞いたら、蓮ちゃんがウッと呻いて胸を抑えた。
「どうしたの?」
「いや……大丈夫だ」
蓮ちゃんは苦し気に喘ぎながらもニタ……と薄気味悪い笑みを浮かべてわたしを見る。
え……? こわい……。
「これはな、株の1日の値動きがグラフになっている。株価は1日の間にどんどん変わってくものなのだよ。例えばこの本愛堂の7月1日は、右の目盛りの350円から345円にかかっているだろう。つまり、350円から345円に下がったということがわかるのだ」
音ちゃんはふむふむと頷いて聞いていたが、ん?と首を捻って尋ねる。
「下がった? 値動きしてるのはわかるけど、下がったか上がったかってどうやって見分けんの?」
「はぅっ!」
またもや蓮ちゃんは胸に手を当てた。わたしは咄嗟に蓮ちゃんの肩を支える。
「大丈夫!?」
「も……問題ない!」
ふぅ、と呼吸をしてからまた説明に戻る蓮ちゃんを、音ちゃんがじっと見つめている。
「上がったか、下がったかは棒の色でわかるんだ。棒──ちなみにこの棒はローソク足っていう名前があるんだが、ローソク足には赤と青の色がついているだろう」
たしかに、ローソク足と呼ばれる棒には赤色と青色の棒がある。赤い方は棒の中が白くて青い方は塗りつぶされている。
「この赤い方は株価が上がったことを表していて、青い方は下がったことを表しているのだ」
「なるほど~、7月1日は青いローソク足だから、下がったってわかんだね」
わたしの言葉に、蓮ちゃんが満足気に頷いた。
「そういうことだ! 本愛堂のここ数か月のチャートは、ほぼほぼ340円近辺でウロウロしていて、値動きがあまりないな。こういう状態だと、持っていても利益になりにくいな」
蓮ちゃんが自然に放った一言に、わたしは引っかかりを抱いた。
「そういえば、株ってどうやって儲けるの?」
なんとなく利益とか儲かるとか聞いてたけど、そういえばどういう仕組みなんだっけ? って、こんなことも知らずに株を始めようとしていたのか、わたしって……。
疑問と同時に自己嫌悪にもなっていたら、音ちゃんが「カンタン、カンタン!」と笑った。
「株は『安く買って高く売る』でしょ、なるっち?」
「うむ、その通り。会社がこれからもっと成長する、株価が上がると思える会社の株を買って、狙い通り株価が上がった時に売れば、その分の差額が利益になるのだ」
「なるほどぉ」
考えてみれば、うちのおにぎり屋も同じだ。たしか原価は70~100円くらいだってお父さんから聞いたことがある。だけど販売価格は300~400円くらい。もちろんこれを50円で販売したら赤字なわけで……。安く作って高く売る。安く仕入れて高く売る。それができれば商売として成り立つ。これぞ商売の基本なり!
「買った値段と同じくらいの値段で売っても、しょうがないよね」
「ダメだったか~、本愛堂」
「それからワイアドベンチャーは……先月まですごく上がってたが、今ちょっと下り坂に入ったって感じだな。今買っちゃうとさらに値下がりする危険が高いやも知れぬ」
そんな未来を想像して、ぶるっと背筋に震えが走った。
「うわあ、絶対やめよう! コニシミノルデンは?」
「これだ」
と、蓮ちゃんが見せてくれたコニシミノルデンのチャートは、全体的に右肩上がりだった。小さく上がったり下がったりを繰り返しながら、徐々に株価を上げている。
「うぉ! いいんじゃね? これ!」
「安く買って高く売る、できそう!」
「この華麗な右肩上がりを見ていると……うぐっ!」
蓮ちゃんはひと際大きく呻き、胸を抑えてテーブルに倒れ込んだ。
「なるっち!」
その時、音ちゃんがテーブルに手をついて立ち上がった。
「音ちゃん!?」
「なるっち。隠さなくていいよ。胸……キュンキュンしてるんでしょ!?」
音ちゃんはズビシと人差し指を向ける。
「う……実は、そうなのだ」
「なんのこと!?」
わたしだけ話が見えていない。
音ちゃんは腕を組んで続ける。
「ウチの仮説だけど。なるっちは集団での推し活に慣れてないんだよ。これまで一人だったから、ウチらと話せるのが嬉しすぎて心臓キュンキュンなのに、隠そうとしてる」
推し活は推しを推す活動のことだよね。株という概念を推しと言っていいのかは疑問だけど、蓮ちゃんは今まで孤独に推し活をしてきたから、同士と会話できる喜びに感動してキュンキュンしているということだろうか。
「……そうなんだ。さっきなんて、花氏に素朴な質問をされただけでなぜか感極まってしまって……さすがに引かれる! と思って一生懸命こらえたんだが……」
蓮ちゃんはぎゅっと顔を歪ませて耐えている。
「なるっち。いいんだって。同担と語り合って楽しいのは当たり前じゃん。これからは一人じゃない。ウチらと一緒にアガってこ!」
「音氏……!」
音ちゃんが差し出した手を蓮ちゃんがガシッと握り締めた。
教室で祈りを捧げられた時点でだいぶ引いてるんだけど、まだ先があったの?
これからも会話をするたびに何か反応されるってこと?
そもそもわたしは普通に話してるのに、蓮ちゃんは実はクソデカ鬱積感情を抱えて話してるってこと? めっちゃ話しづらいじゃん。
「花氏も引かないでくれるか?」
蓮ちゃんが期待の眼差しでわたしを見る。
うん、大丈夫だよ!
「重すぎるよ!」
「花氏!?」
しまった、本音と建て前が入れ替わってしまった。
「ご、ごめん。とりあえず最初の株はコニシミルノデルンでいいのかな」
「ウチは賛成~」
「うむ、本当はもっと業績とか指標とか見なきゃいけないんだが……おいおい紹介していくよ」
そんなこんなで、記念すべき最初の株は、コニシミノルデンに満場一致で可決しました。
「で、株ってどう買えばいいの? 蓮ちゃん」
「さっそく注文をしてみよう! 花氏、ほほえみ証券を開いてくれたまえ」
「は、はい!」
わたしは指示されるままに、ほほえみ証券のアプリを開いて、コニシミノルデンと検索して銘柄情報を開いた。
みんなが見やすいようにスマホを中央に置く。
「注文ボタンから『現物買い』で、数量は100株、価格は『指値(さしね)』で420.0円」
蓮ちゃんに言われるままにポンポンと入力を進めていく。これでもう買えてしまうのかと思うと、ドキドキしてきた。
スピード感が早い! ちょっと休憩したいって言おうかな!? と焦っていたら、「指値って何?」と音ちゃんが質問してくれた。
「注文の仕方は指値と成行(なりゆき)ってのがあって、指値は買いたい値段を指定して注文することで、成行はその時ついた値段で買うことだ。成行は絶対買いたいって時に使うんだけど、すごく高い値段で買っちゃうこともあるから、私はあんまり使ってないんだ」
「「ヘェ~」」
なるほど。いくらでもいいからとにかくほしい! ってのが成行か。わたしにそんなお金の余裕と度胸はないな……。
「あ、花氏。執行条件は来週中にしてくれ」
「来週中? 今日じゃなくて?」
「今日はもう株式市場は終わっているんだ。毎日平日15時まで。それに土日祝は休みだから、この注文が通るのは来週の月曜日になる」
ホッ! なーんだ、今じゃないんだ。来週かぁ! それなら心の準備ができそう。
「最後に、口座区分は特定」
「うん!」
暗証番号を入力すると、あとはもう注文ボタンを押すだけだ。コニシミノルデンの値段は420円だから、100株で42000円。
「じゃあ、注文を押してくれ!」
2人が、わたしの指が動くのを待っている。だけど……。
え、待って、こわいこわい。途端にリアルな実感が襲ってきた。これって、4万円の買い物するってことだよね? 4万円の買い物なんてしたことない! このポチッとで注文になっちゃう。手が震えてきた!
「お……押せないよ。こわいよ……!」
わたしはスマホをテーブルに置いてしまう。
「アハハ~! 花ディアス、何怖がってんの」
「じゃあ音ちゃんが押してよ!」
ヘラヘラと笑ってる音ちゃんにずいとスマホを押し付ける。
音ちゃんは笑顔のまま5秒ほど沈黙した後、ぴふ~と口笛を吹きながらスマホを蓮ちゃんの方にずらした。
「音ちゃん!?」
「し、仕方がないな。ここは拙者が引き受けよう」
実はさっきからソワソワしていた蓮ちゃんが、満を持してという風を装ってスマホを持ち上げる。
「待った!」
音ちゃんがスマホを蓮ちゃんの手から奪い、再びテーブルに置いた。
「赤信号、みんなで渡れば怖くない。これで行こう!」
「へ?」
「はいはい、お手を拝借♪」
音ちゃんがわたしの手を取って、人差し指を伸ばす。
「みんなで押せば怖くないじゃん!?」
「み、みんなで……?」
「こうやって……エブリワンズパワーを集めるんだっ!」
「あの、私は別に怖くないのだが……」
わたしの手の上に自分の手を置いて、さらに蓮ちゃんの手も引っ張ってきて重ねた。みんなで押すって、こういうことか! さすがにこれなら心細くない。
「花ディアス、大丈夫そ?」
「う、うん!」
「ほんじゃ、行くよ。ちゅー、もんっ!」
2人の手に導かれるがままに、ぽちりと注文ボタンを押した。「注文完了」ページが表示される。
「はー……!」
やっちゃった! 注文できちゃった!
わーーーー、こわいよーーーーーっ!
神様、どうか初白星を、よろしくお願いします……!
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