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「ちいさなかぶ!」第7話
1学期が始まってもう1週間と3日が過ぎた。
今日も今日とて、3人で屋上への階段を駆け上り、扉を開く。
これが一日で1番ドキドキする時間。昼休み恒例の、株チェーック!
「むぁ~! 今日も上がりたもれ! お上げくだせぇ!」
「神様マジでよろしく!」
全力で祈りを捧げながらほほえみ証券のサイトを開く。表示された金額は……。
『評価損益 +50000円』
「「「ええええええっ!!」」」
「ウソ! 大金持ちなんだけど!!」
「これはもう……行くしかないね!」
「おう!」
音ちゃんと蓮ちゃんが目を合わせ、徐に制服を脱ぎだす。
「えっ!? ちょ……なんで!?」
慌てていたら、脱ぎ去った制服の下から水着が現れた。なんだ、水着を着てたのか……って、なんだその水着! 右肩上がりのチャート柄!? そんな柄の水着どこで手に入れたの!?
「花ディアスもこれ着て海行こーよ! ほら、着替えて!」
「いやだよ! もっと普通に可愛い水着がいいよ!」
「大丈夫、花氏なら似合うさ」
チャート柄の水着を持った音ちゃんと蓮ちゃんが笑顔でじりじりと迫ってくる。
い、いやだーっ!
「……だぁ……いや……」
「花ー?」
ガチャっと扉が開く音に、わたしを呼ぶ声。
「……ん……?」
あれ……? 屋上にいたはずなのに、ここはわたしの部屋だ。
「水着は普通でいいよね?」
「は? 水着?」
お母さんがぷっと吹き出してわたしの頭をわしゃわしゃっとした。
「何寝ぼけてんの。間に合わないよ!」
「ほえ?」
手の中にはアラームが止められたスマホ。それから壁時計を見て、スーッと頭が冷えていく。
や、やっちまった。
教室に飛び込むと、ベルが鳴る4分前だった。ゾンビのごとくよろよろと歩き、自分の席に倒れ込む。
その時、隣の隣の席から音ちゃんと蓮ちゃんが会話をする声が聞こえてきた。
「でもさぁ、ディアスになんて言う?」
「正直に言うしかなかろう……」
「ショックじゃね? きっと」
…………えっ。
間に合ってホッと一息ついていた心が、不穏にざわめく。
な、なんの話をしてるの?
言われてショックなことって……何?
「あ! 花ディアス!」
音ちゃんがわたしの存在に気が付いたらしく、「おはよ~」と声をかけてくれる。
「ギリセーフだったな、花氏」
「うん、なんとか……」
「コニシミノルデン、今日も上がってほしー!」
「さすがに3日連続で上がるか?」
2人は株の話をしているけれど、さっきの会話が気になって話が入ってこない。
言われてショックなこと……。鼻毛が出てるとか? 100円ハゲがあるとか?
鼻を撫ででみたり頭を探ってみたけど、特に不審な点はない……はず。
あああ! いったいなんなの!?
その日の午前中は、株よりもそっちにモヤモヤしているうちに過ぎて行った。
お昼休み。3人で屋上への階段を駆け上り、扉を開く。
これが一日で1番ドキドキする時間。昼休み恒例の、株チェック!
「むぁ~! 今日も上がりたもれ! お上げくだせぇ!」
「神様マジでよろしく!」
……ん? つい最近、まったく同じ日常を経験しているような……。
って、これ夢で見たじゃん! なんか、こわっ。
スマホでほほえみ証券にアクセスし、ログイン。
緊張の一瞬のあと──「+1500円」の文字が表示された。
「やったああぁ!!」
音ちゃんと蓮ちゃんが左右からわたしを挟み込む形で抱き合う。
「初日が720円でしょ、昨日は1140円、今日は1500円!」
「コニシミノルデン、順調すぎる~!」
サンドイッチの具状態になった時、「言われてショックなこと」で体臭が匂うことをハッと思いついた。
に、匂ってたらどうしよう!?
わたしは下にずるずるとずれて2人の間から抜け出す。ふんふんと自分の匂いを嗅いでいる後ろで、蓮ちゃんが声のトーンを下げた。
「だけど、3日連続で上がるのはけっこう珍しいことだ。そろそろ“調整”が入るやもしれぬ」
「調整?」
いつの間にかベンチに座ってお弁当を開いていた音ちゃんが聞き返す。
とりあえず、匂ってはないと思う……ので、わたしもベンチの端っこに座ってお弁当を広げた。
わたしのお弁当は、毎朝お父さんが作ってお母さんが詰めてくれる。おかずが入った1段のお弁当と、大きなおにぎり2個。これはお店で出すおにぎりなので、めちゃ美味しい。おにぎり屋の娘に生まれてよかったと思える理由ナンバーワンは、お弁当がマジ美味いことである。
音ちゃんは口がバッテンの某うさぎキャラクターのお弁当箱で、一段目がおかずで二段目がご飯。蓮ちゃんはいつも総菜パンだ。今日は焼きそばパンとメロンパン、コーヒー牛乳。詳しくは聞いてないけど、蓮ちゃんのお母さんはとても忙しいんだろうな。
「調整とは、株価が上がりすぎたり下がりすぎたときに一回落ち着くターンを言う」
「へー?」
「落ち着くってどう落ち着くの?」
「それはな……」
わたしと音ちゃんの質問に、蓮ちゃんは「フッフッフ……」と肩を震わせる。
「この状況だと、一回株価が下がる!」
音ちゃんが「ぐへっ」とせき込んだ。
「なんで笑ってんだよ!?」
「いや何。さらなる飛翔のためには一回屈むことも大事であろう? そういうドラマ性も株の魅力じゃあないかぁ」
き、狂人……。
手を合わせてキラキラと語る様子は、相変わらずアイドルか何かの話をしてる方が合ってる。
「株価が上がると、『そろそろ利確(リカク)しよう』って人が出てきて、それで一時的に下がるのだな」
「「リカク??」」
初めて聞く言葉だ。初心者2人がそろって首を傾げる。
「利確は『利益確定』のことだ。買った株を値上がりしたタイミングで売る。すると、高く売れた分が利益になって手元に入る」
そういえば、この間『含み益』の話を聞いた。含み益の状態ではまだ利益を得たことにはなってないんだよね。今日は+1500円になったから、確かに「そろそろ利益確定しよう!」って思う気持ちはわかるかも。
「一時的に株価が下がって、そのあとどうなるの?」
「しばらくして利確する人がいなくなったら、少し安くなった今のタイミングで買いたい人わぁ、って人が出てくる。ちなみにこれを押し目と言って、そこで買うことを押し目買いと言う」
出た! 太字!
「押し目を耐えることで、もっと株価が上昇していくのだっ!」
「おおぅ!」
蓮ちゃんがビシッと空を指した。
「1回落ちるのを耐え忍ばないともっと上の景色は見れないってコト!?」
「その通りだ、音氏。『株は忍耐』なのだ!」
「うわー、それウチ苦手」
音ちゃんが心底気味悪いものを見たかのように顔を歪めた。
わかる。暑いとか寒いのを耐えるならまだしも、落ちゆく株価をじっと見守るのはキツすぎると思う。
「ねぇ、蓮ちゃん。わたし達はいつ利確するの?」
「『いつ利確するか』はすごく難しい問題だ。何しろ、押し目が実はテッペンでそこから下がっていくのか、ただの押し目でまた上り始めるのかは誰にもわからないからな」
「そ、そうだよね……」
「だが、ある程度目安をつける方法がある」
なんですと!?
「『板』と『抵抗線』を使う」
「いた? ていこうせん?」
今日はいっぱい太字が出てくるぞ……!
「コニシミノルデンの株のページで、板を見てみてくれ」
「うん?」
板、なんてあったっけ? と思いつつほほえみ証券のアプリを見てみたら、あった。まさに「板」と書いてある。タップすると、数字が縦にずらずらと並ぶ画面が表れた。
「これ……何?」
「これは、株価に応じて売りたい人と、買いたい人がそれぞれどのくらいいるかがわかるものだ。株価が400円なら買いたいなーとか、450円なら売ってやるよ、とか、投資家たちの思惑が表になっているのだ」
「ほへー」
「板の左上の数字が売りに出されてる株の数で、右下の数字が買いたい株の数だよ」
左上には984,750、右下には1,120,450という数字が書かれていた。
「えっ、多っ!」
音ちゃんと一緒に、指で桁数を慎重に数える。
「いち、じゅう、ひゃく、せん、まん……十万!?」
「いや百万だよ!」
わたしが突っ込むと、音ちゃんが「ぎゃひっ」と声をあげておののいた。
「この世にコニシミノルデンを買いたい人が100万人もいんの!?」
「あ、違う違う、これは株の数だ。1人で1000株とか買う人もいるからな」
あっ……おおきなかぶの人たちか。
「とにかくこれで、買いたい株数の方が多いことがわかる。だから、まだ上がっていく余地はありそうだと考えられる」
「なるほどぉ」
「抵抗線っていうのは?」
「こっちはチャートを見るとわかりやすい。ちょいとスマホを拝借しても?」
蓮ちゃんはわたしのスマホを持つと、板のページからチャートのページに遷移した。
そして、チャートのある一点を指で指し示す。
「コニシミノルデンの前回の高値は4か月前の460円。そこから一度390円まで落ちて、そのあとまた上り始めて、420円の時に私たちが買って、今日は435円」
チャートのジグザグを指がなぞっていく。山を登ったあと、低い谷に落ち、また山に登り始めたイメージだ。
「株価が上がる時は、前回の高値が一つのハードルになっていて、そこまで値上がりすると売る人が増えて株価の上昇がストップしやすいそうだ」
と言って、蓮ちゃんは460円のラインを指で引く仕草をした。
「えー、なんで?」
「例えば……音氏が前回高値の460円で買っちゃったとして、そのあと株価が下がって『含み損』になっちゃったとする」
「サイアクだ!」
「でも『そのうち上がる……』と考えて4か月持ってたら、やっと上がってきてくれた」
「やった!」
「その時に、『ふぅヤレヤレ、これで含み損から解放される』と売ってしまうだろう?」
確かに……気持ちは痛いほど理解できた。でも、わたしの頭にある疑問が浮かぶ。
「それだとさ、460円近くに限らず、450円とか、440円の人もそうじゃない?」
440円で買った人も「ふぅヤレヤレ」と売るなら、460円より前に上昇がストップするはずだ。
「それは『出来高』を説明しなければならないな!」
キラッと目を輝かせた蓮ちゃんに、わたしと音ちゃんの肩がビクッと震える。
ま、また太字キター!
「先生! もう頭がバクハツしそうです!」
「ウ、ウチもっす!」
今日は知らない単語とそれにまつわる説明をたくさん聞いて、いっぱいいっぱいだ。涙ながらの告白に蓮ちゃんは「しょうがないな」と思いとどまってくれた。
「まぁともかく、460円までまだちょっとある。さらに、今のコニシミノルデンの板は買いが売りよりも多いから、もう少し待ってもいいんじゃないかと私は思う」
「「アイアイサー!」」
話に夢中で食べるのを忘れていたおにぎりをかじる。今日は梅おかかとツナマヨ。
あぁ~ツナマヨ! 大好きツナマヨ! 回転寿司行ってもツナサラダ軍艦ばっかり食べちゃう。子供の頃から大好きだけど、多分大人になっても大好きだと思う。アイラブツナマヨ。梅おかかもいいけどね!
おにぎりを美味しく味わっていたら、音ちゃんが「そういえばさー」と口を開いた。
「実は、花ディアスに話があるんだけど……」
「ぶふぉっ」
ご飯粒が気管に入り、ゲフッ、ゴホッとむせる。
「だ、大丈夫?」
「う゛ん……ッ」
すっかり頭から抜けてた。例の「言われてショックなこと」の話。
「コニシミノルデンを買ってもあと残りが4万円ちょっとあるじゃん?」
「それで、もうひとつ株を買おうと思っているのだが……」
「えっ!」
やっと1つ買ったところなのに、もう2つ目!?
「え、ええー……」
2人のスピード感に驚いて、リアクションすら取れない。
「ほら、やっぱりショック受けてるよ」
「だよな。我々も性急すぎるきらいがあることは自覚している」
……ん?
もしかして、これが「言われてショックなこと」?
な……。
なーんだ!
勘違いが晴れて、雲の隙間から光が差してくる。
鼻毛じゃなかった! 臭いんじゃなかった!
「それなら全然オッケー!」
「えっ! マジ!?」
脳内で花畑をスキップして帰ってきたテンションのまま答えたら、音ちゃんが驚いてミニトマトを箸から落とした。
「おぉ! ならば、例の作戦と行こう!」
「例の作戦?」
「うむ。今度の週末に誰かの家に集まって、皆で情報収集をしたいと思うのだ」
おぉ……週末に誰かの家で遊ぶ! それってすごく友達っぽいじゃん!
「楽しそうだね! 賛成!」
「イェーイ!」
そして、音ちゃんが口角を緩ませながら言った。
「花ディアスのうちでいい?」
ん?
「うち? いいけど……ハッ!」
音ちゃんの視線がわたしの手元に注がれている。
「ま、まさかおにぎり目当てで!?」
「だって、ディアスのお弁当毎日すっげー美味しそうなんだもん!」
「おにぎり屋のおにぎりって食べたことがないんだ」
2人は美味しそうなおにぎりに思いを馳せ、涎が垂れそうな勢いだ。
この流れ、いったいどこから仕組まれていた……!?
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