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「元に戻る」ではなく「変わる」

心配されていた雨も朝のうちに上がり、陽がさしてきた。日光アレルギーの身としては曇っているくらいがありがたいが、お天気はどうにもできない。できるだけの防備をして出かけた。

農家の友人から声をかけていただき、自給自足のための家庭菜園教室に参加。おもに記録係などを担当。さしあたって考えられるのは動画、画像、テキスト。まだなにをどうするか決めていないが、まずは走りだしてみて、できそうなこと、有効と思われる方法を試していこう、というスタンス。

正規の受講者は計4世帯(3人+1夫妻)。座学の初めに自己紹介コーナーがあり、話を聞いてみると、食にまつわる危機的状況を憂い、自分たちでできることから始めなければならない、安全な食を確保し未来の人たちにも受け渡していくことが必要である、という思いに駆られて参加した、という点はほぼ共通。兼業農家出身者もいるが、それほど農業経験がない、または、農作業がそれほど得意(好き)ではなかったという人がほとんど。

座学では、今回栽培していく予定の夏野菜について、初期の作業プロセスを解説。

キュウリ、ナス、ピーマン、トマト、ジャガイモと、それぞれのコンパニオンプランツについて。

種まきや苗の定植のタイミング、定植時の注意事項、水やりや施肥について、などなど。

座学を終えて一休みすると、早速畑へ。

定植準備としての土の耕起や水分調整。支柱立て。苗植え。藁マルチ。ぼかし散布。水やり。

農家の友人はさすがに畑に出ると水を得た魚となった。普段、役場の会議室などでしゃべる友人の話はちょっと理解がむずかしい面がある。畑での解説は、その語る表情のみならず言葉までもが生き生きしていた。

いただいたハンドアウトのなかに1カ所、虫食いの穴埋め問題欄があった。

野菜の栽培に必要なのは、(  )と(  )と(  )、そして(  )。空欄に当てはまる言葉をみんなで考えた。

日光、水、温度、の3つは受講者のみなさんからすべて答えが出た。

最後の1つは「意識」または「愛情」とのことだった。

指導者である友人は新規就農以来の6年間の農業経験から、自分の意識のありようがそのまま育てた野菜に転写されることを実感してきたという。仮に畑で汚い言葉を使うと、それによって野菜の味が濁る。逆に優しく思いやりいっぱいの言葉をかけながら育てると、野菜の旨味は増すという。だから言葉遣いには非常に気をつけているという。それに連動して、攻撃的なこと、ネガティブなことは考えないようにもしているのだろう。たしかに友人はいつも朗らかだ。黒い気持ちが湧かないわけではないが、いったんは自分の内に収める。

雨上がり、ほぼ無風の晴天、木陰なしの畑で約2時間。日光アレルギー持ちの虚弱体質にはこれくらいが限界だった。今後毎月1回、畑でこのような指導会がおこなわれる予定だが、どこまでついていけるだろうか。やはり現場を踏んでおくことは、記録をまとめる際には大切になってくるので、できるだけ全プロセスに参加するつもりではいるが。

もってくれ、この身体よ。

今回の作業が終了したあと、受講者の方々と雑談をするなかで、「アフターコロナは『元に戻る』わけではなく、新しい生き方をつくっていかなければならない。元に戻れるとは思わないし、元に戻ることが良いとも思えない。自分たち自身が変わらなければならない、考え方・生き方を変えなければならない」という話が複数の人たちから出た。

自分の実感としても、今の状況は、行きすぎたなにかを、適切なところまで戻す、または別のありように改めるための好機ではないかという気がしている。その意味で、今回立ち上がった家庭菜園教室は、過去にあったガーデニングブームとは意識のありようが異なるといえるのかもしれない(もしかしたらガーデニングブームのころ、既にこのような状況を見通していた人もいたのかもしれないが)。



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