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今でも思い出す、あのお風呂との思い出

私は山陰の山に囲まれた町で生まれた。
生まれてから7年間、私は両親と祖父母と暮らした。
かけがえのない時間だった。

中でも記憶に残るのは、五右衛門風呂で育ったことである。

五右衛門風呂とは、風呂釜(浴槽)の下にかまどがありそこに火を起こして温めるお風呂のことだ。底は熱いので底板を敷く。
祖父が薪を山から切ってきて、祖母が毎晩火を起こしてくべ、温かいお風呂支度をしてくれる。世は平成になってから幾年か経っていたが、昔から受け継がれた「うちのお風呂」だ。

今普及しているお風呂とは一味も二味も違う。
特に冬場は有難いことに、湯が冷えにくく体が温まりやすかった。風呂釜の中でお湯が循環するので常に温かいお湯が体に当たり、お風呂を出る時に体が冷えていないのが特徴だ。

私が赤ちゃんで沐浴をしていたときは、初めての内孫だった私を喜んで、祖父が毎日近くの温泉からお湯を買ってきては温めて入れてくれていたと母から聞いた。温泉のお湯で毎日沐浴をした赤ん坊はなかなかいないのではないだろうか。幸せ者である。


その後、高齢の祖父母を気遣い、五右衛門風呂はバリアフリー化された今風のお風呂に切り替わった。
そして家庭の事情で私はその家から離れ、実父が逝き、祖父もこの世を去った。祖母は健在だが、高齢のため家から離れている。

色褪せないあのお風呂での思い出。お湯の温かみと家族の温かみ。

今の自宅も決して嫌じゃない、寧ろ好きだが、やはりお風呂はあの五右衛門風呂には勝てない。
くしくも私があのお風呂で過ごした7歳と同じ年の子がうちにはいる。その子が入浴剤で喜んでいる声を聞きながらこの記事を書き、うっすら泣いてしまった。


最後までお読みいただきありがとうございます。嬉しいです。 今後ともよろしくお願いいたします。 今日もあなたにとって素敵な一日になりますよう願っています。