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2020年8月14日 アラブ首長国連邦とイスラエルの国交正常化

2020年8月13日に、イスラエルとアラブ首長国連邦(UAE)の国交正常化の合意がなされるという発表がありました。
英語の表現に「stars are aligned」というものがあるそうで、イスラエル人はこれをヘブライ語に訳したものを好んで使います。直訳すると、「すべての星がまっすぐに並んだ」でしょうか。日本語ではなんというのかわからないのですが、私なりに訳してみると「森羅万象が味方についた」となりました。
この国交正常化のニュースは、イスラエルとUAEにとっては、まさしくこの「森羅万象が味方についた」瞬間を釣り上げた、というつくりだったのではないでしょうか。
イランという共通の脅威もある、エネルギー開発について協力し合いたい、お金のこともいろんな意味でウィンウィンな取引できそうだし…。お互い結構具体的にそういうことを思っていたのに、手を取り合うチャンスがなかった。(持っている武器に関しても、お互いに興味津々だと思います。)
そこで登場したのが、「西岸併合案」です。これは2020年1月にアメリカが「和平案」として発表したもので、もう、ものすごく大雑把に言うと、「西岸地区の一部をイスラエルのものとするのと引き換えに、独立したパレスチナ国家を認めるよ」というものです。
この案について、イスラエルの首相は一応「大歓迎♡」というようなジェスチャーをしてはいましたが、それほど熱心に進めようとしていない風にも見えました。それにイスラエル政府内ではこの案への反対もたくさん出ていましたし、正直私の知る限り、イスラエル人でこの話を本気に、具体的に捉えている人には、ついぞ会ったことがありませんでした。
パレスチナにいたっては、大大大反対。当事者のあずかり知らないところで勝手に決められても受け入れられない、という、もっともな言い分だったのです。
そんな併合案に、UAEは目を付けたのでしょうか、それとももともとそういうシナリオだったのでしょうか、「パレスチナの味方」であるUAEがひょいと出てきて、「イスラエルさん、パレスチナさんが嫌がっている西岸併合案を破棄してあげてくださいな、そうすれば私たちもあなたと仲良くしてあげますよ。」と言ってきたのです。
それならばとイスラエルは「そうですか、そこまで言うなら、じゃあ仕方ないなあ、西岸併合案を破棄してあげますよ。そのかわりUAEさん、今後はうちとも仲良くよろしくね!」。そしてそこに併合案を出した本元アメリカさんも加わって、お手を拝借、しゃんしゃんしゃん。あれよあれよという間に大団円を迎えてしまった。
私の目にはそんなふうに映っています。
このニュースを初めて聞いた時、私は、5月19日、アラブ首長国連邦のフラッグキャリア、エティハド航空のエアバスがベングリオン空港に降り立ったことを思い出しました。
これは、UAEがパレスチナ政府にコロナ関連の医療支援物資を届けるという名目で、国交のないイスラエルの飛行場へ飛行機を飛ばすという歴史的な瞬間だったのですが、実は肝心の支援物資を受け取る側のパレスチナ政府には何も知らされていなかった、パレスチナ側は怒って受け取りを拒否した、という記事を読んだことがあります。詳しく追わなかったので、私はその物資の実際に行った先を知る由はないのですが、そうして、ベングリオン空港ではエティハドのエアバスを迎え、「ようこそイスラエルへ!次回はお客さんたちをイスラエルへ連れてきてくださいね!」みたいな横断幕をかけていたのです。
私は「えー、どうして~?すっご~い!コロナが国交のない二つの国を、一瞬といえどもつなげたんだわ~!」なんて、能天気にも思っていましたが、そのころ、もう、裏ではしっかり話は進んでいたんでしょうね。パレスチナは「支援物資を届ける」みたいな名目で、随分と馬鹿にされたものです。腹も立つでしょうにと思うと心が痛みます。
そして、ニュースによると、サウジアラビアの真上を航路とした(!!!)UAE-イスラエル直行便就航の話はすでに話し合われている最中とのこと。本当に「次回はお客さんたちを連れてきて」くれることになるのでしょう。
先日からイスラエルとUAEは電話もつながるようになったそうです。まあ、凡人の私には、「誰が誰に電話をかけるの?」と、そんな想像力も働かないのですが、蛇の道はヘビ、きっと直通で話せるようになって喜ぶ(ほくそ笑む?)人々というものが一定数あるのでしょう。
(娘は、「試しに誰かにかけてみる?お友達になりませんか~?って!」なんて言ってましたけど。)
イスラエルは1979年にエジプトと、1994年にヨルダンとの平和条約を、双方戦争の後に結びましたけれど、今でも中近東のアラブ諸国や、北アフリカの国々、アジア諸国でもイスラム教が多数派の国とは正式な国交がほとんどなく、国によってはユダヤ人は投獄、死刑なんてこともあるくらいです。
この地域でうまくやっていく、一つでも多くの国と正常な国交を結びしっかりした国としての地位を築く、というのは、建国前からのイスラエルの大きな目標ですから、今回の国交正常化もイスラエルにとっては大変喜ばしいことです。
それでもイスラエルの人々は、これまでの経験上、「国交正常化(もしくは平和条約)」=ハッピーエンドではない、ということは身に染みてわかっています。ここに住む人たちにとっては、偉い人たちの握手以降の生活のほうが、握手そのものよりもずっと重要なのです。
イスラエルとの平和条約を結んだエジプトのサダト大統領と、ヨルダンとの平和条約を結びさらにパレスチナとの合意を進めていったラビン首相は共に、自国の暗殺者によって殺害されています。
それほどこの地域での「和平」というものは簡単ではない。そう思えば、戦争の後に結ばれた平和条約ではない今回の「国交正常化」は、その裏にいろいろな国のいろいろな思惑が渦巻いていることは確かですが、やはり一種の「森羅万象が味方についた」瞬間なのかもしれません。
この国交正常化を受けて、パレスチナ政府は「パレスチナへの裏切り」と大反対しています。(興味深いことに、イスラエルの中道リベラル青白党の党首も国交正常化に反対しています。)それはそうでしょう。パレスチナ人の絶望感を思うと、こんなのんきに暮らしている私でさえも、心が痛みます。心が痛みますけれど、じゃあ、イスラエルとUAE両国が国交を正常化したいと言っているのだから、それをやめることがより良いという考えにはどうしても共感できません。
(それだけに、本当にパレスチナが気の毒でなりません。)
UAEとイスラエル、さっそく戦闘機の売り買いの話も出ているようですが、世界中どこでも友好国同士は武器の売り買いや情報交換くらいやっています。イスラエルとUAEだけそれをやってはいけない、と非難できる国はどこにもないはずです。
そして世界は2国間同士の関係だけで成り立っているわけではなく、「平和条約」とか「国交正常化」というと、まるで理想的な世界の完成形が近づいているような響きがありますけれど、実際はそんなこともなく、こっちと手を組めば、あっちとは手を組めずという状況がうまれるのは至極当然のこと。イスラエルにとってもUAEにとっても、イランは共通の脅威なのです。
そして、サウジアラビアやバハレーン、クウェート、といった湾岸諸国、そしてイスラエルの近隣のレバノンなどは今後、どう出るのでしょう。トルコだってぼんやりと成り行きを見ているだけというわけにはいきません。北アフリカのスーダンも、イスラエルとの国交正常化を考え始めたという話も聞きました。池に投げ込まれた一つの石のように、その影響は遠くまで及ぶものです。
私はパレスチナにも、勝手に押し付けられたものを勝手に引っ込められておしまいでなく、こういうチャンスをねらって、もっと頑張ってほしいです。
目標を定め、優先順位を決め、作戦を立てて賢く国をハンドルしなければ、どんな国だって他国に良いように翻弄される、悲しいけれど、それが現実だと私は思います。(それは日本だって全く同じなはずです。)
イスラエル国内の政治状況に目を向ければ、汚職事件で起訴されているネタニヤフ首相に対する糾弾のデモが全国各地で盛り上がりを見せていたことはこの前お伝えしたとおりです。中には「ネタニヤフ首相は自分の裁判のことで手いっぱいで、国を舵取りする余力などない」という論調もありました。
しかし現実は何をかいわんや、国内のコロナ問題や経済問題だけでなく、ほとんどの人が思いもよらなかった国交正常化までやってのけていた…。
何度も言いますが、個人的には私はネタニヤフ首相をまったく支持していないし、じゃあ、コロナ問題や経済問題はイスラエル、ばっちり万端?と聞かれればそれは確実に「否」なんですけれど、じゃあ、他のどんな政治家ならこんな大技をやってのけたかというと、それは私には何も言えなくなってしまいます。
家具屋さんのセールス担当から身を立てたネタニヤフ氏、「政治家」としての才能には、腹が立つけれど、素晴らしく長けている、そういうことなんだと思います。正義と才能は必ずしも同居しているわけではないし、何が正義かなんて、私にはわかりません。
せっかくの国交正常化もよくよく考えるとちょっと気持ちが沈む様な感じですけれど、私の中で個人的に気持ちが上がったニュースをご紹介して、終わりにたいと思います。
それは、イスラエルの有名なシンガー(ミズラヒと呼ばれるジャンル、いってみれば演歌のような、こぶしをまわして歌うジャンルの歌手です。)オメル・アダムが、ドゥバイでのパフォーマンスを予定しているとのこと。
私は歌を聞くのが大好きなので、このニュースを聞いたときは、心が躍りました。
歌を聴いている何分かだけは、誰もが現実を忘れて幸せになれる瞬間を得られると思っています。
どうか、何十年後かにこの国境正常化が良いことであったと言えるような状況になっていますように。
握手の後が本番です。パレスチナ政府にも、どうか頑張ってほしいです。

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