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「2025年」へ、どう変わるか|『トヨタ物語』続編連載にあたって 第1回

 7年以上の単独取材を通して、トヨタ自動車の創業以来の歩みと「強さの本質」に迫った『トヨタ物語』刊行から約3年。続編となる『トヨタ物語―ウーブン・シティへの道』の連載を始める。まずは本編スタートの前に、新たな連載を書くにあたっての経緯や前作の概要などを記しておきたい。  

■モビリティサービスの会社へ 

 わたしが2018年1月に出した『トヨタ物語』の末尾の1行は次の通りだ。

 「自動車製造はまったく夢のような仕事じゃないか」

 確かに、その時点でトヨタは「自動車製造の会社」だった。

 ところが、ほぼ3年の間に、トヨタは大きく変わった。自動車を作っていることは作っているけれど、いわゆる車を作るだけのメーカーではなくなった。

 まず、車は次々とコネクティッドカーになっている。いわば走る通信機械だ。車が故障したり、調子が悪くなっても、通信サポートサービスを提供する関連会社「トヨタコネクティッド」のセンターから車の状態が診断できるようになっているし、カーナビなどソフトのアップデートも自動更新だ。

 この場合、ドライバーはトヨタコネクティッドに通信料を払っている。この売り上げは製造業ではなく、サービス業としてのそれだ。

 また、物流を見ると、部品を調達する物流、完成車の物流、サービスパーツの物流のいずれもがトヨタ生産方式のノーハウを生かして効率化された。物流革命とも言えるもので、ヤマト運輸、佐川急便の売り上げの何割かに相当するような巨額の原価低減となっている。

 商品である車を売ることも大事だが、原価を低減すれば利益は増える。物流の大きな原価低減ができたのは、やはりサービス業としての自覚があるからだろう。

■販売の大きな変化

 そして、販売である。新型コロナウイルスの蔓延もあり、世界的に車の売れ行きは見通すことはできない。

 この間、販売に関する環境は大きく変わった。たとえば、新型コロナウイルス以前、車は自己所有からライドシェアへ変わるとされていた。ウーバー、グラブといったシェアビジネスの会社が時代の先端を走っていたのである。

 ところが、状況は一変した。感染症を恐れることから、ライドシェアでも相乗りサービスがなくなった。今後も、感染症の脅威は続くから、相乗りサービスは復活しないだろう。そして、残ったシェアサービスにしても、これまでのように成長するかどうかは疑わしい。

 ただし、ウーバー、グラブといった会社が消えてなくなることはない。どちらもライドシェアだけでなく、食事のデリバリーなど日常生活に関わるサービスをやっているからだ。ライドシェアよりも、生活サービスの部分が成長していくだろう。

■時計は早く進む

 新型コロナウイルスのために、世界の進歩には加速度がついた。時計の針が進んだのである。

 世界中で在宅勤務は劇的に増えるだろう。店舗で買い物をせずにネットに頼る客もさらに増えていく。小売店、販売店といったところは増えるどころか減っていく。

 むろん自動車の販売店も減っていくだろう。2017年、『トヨタ物語』の取材で米テキサスへ行った時、あるオーナーは「アマゾンが自動車を売るようになる日はすぐに来る」と言っていたけれど、ネットで車を買うことは当たり前になる。販売店は自動車を売ることよりも補修・修理サービス業としての比重が高まるだろう。

 トヨタは販売店に対して、矢継ぎ早の政策転換を促している。

 まず、どの販売店もすべての車種を売ることができるようになった。かつてはトヨタ販売店ではクラウンを専売し、トヨペット店はカムリを売っていた。もう、そういうことはない。どこでも、トヨタのすべての車を売ることができる。

 そして、それもつかの間だろう。いずれはさらに進化する。トヨタに限らず、日産だろうが、ベンツだろうが、あらゆる会社の車を売る販売店が現れ、かつ、部品を揃えて、サービスや補修もするようになるだろう。

 かつて日本各地の商店街にはナショナル、日立、東芝といった特定企業の製品を売る販売店があった。しかし、今はもう、多くの家電販売店はどこの会社の製品も売っているし、修理する。修理というよりも、あらゆる家電製品は修理するよりも新品を買う方がリーズナブルになっている。車だって、そういう風にならないとは限らない。

 ひとつ言えることは、モビリティに関する限り、サービスの力がある販売店だけは残る。EV(電気自動車)でも自動運転でも、空飛ぶモビリティでも補修・修理サービスは必要だからだ。

■サブスクリプションの課題

 自動車のサブスクリプション(期間定額制)サービスは台頭する。トヨタの「KINTO」に限らず、各社始まっているが、これまでは毎月の料金が高いと感じられたこと、駐車場が家になかった場合、借りなければいけないことなどが普及の妨げになっていた。サブスクリプションサービスよりも、ウーバーのようなライドシェアを利用した方が経済的と感じられたからだ。

 だが、これも新型コロナウイルスの蔓延が人々の考え方を変えた。前述のライドシェアはもちろん、タクシーでさえ、利用する人は減少している。そうなると、自分の車を持つことに回帰するのだが、その際、サブスクリプションサービスも考えのうちに入ってくる。料金がさらに安くなり、かつ、利便性が向上すればサブスクリプションサービスの契約者は増えるだろう。

 増やすためにカイゼンすることは2つある。

 ひとつはバレーサービスだ。ホテルやショッピングモールなどへ車に乗っていくと、「バレーパーキング」というサービスがある。ホテルの入り口に車を着けると、バレーパーキングの担当者が駐車場まで車を持っていってくれる。かつ、出る時は車を持ってきてくれる。

 サブスクリプションでもバレーパーキングを採用するといいのではないか。契約者が自宅にいたら、バレーパーキングの担当者が車を持ってきてくれる。帰りはまた家までピックアップに来てくれる。つまり、契約者が乗りたくなったら、販売店の人間が自宅まで車を運んできてくれるわけだ。車はつねに販売店にあるわけだから、駐車場の料金はかからないし、整備も済ませてもらえる。ただし、サービス料は払う。駐車場の料金よりもやや安くすればいい。

 「そこまでやるのか」と思う人もいるだろう。しかし、そこまでやらなければ利用者は増えない。

 2番目は自社の車だけを利用させようと思わないことだ。

 トヨタであれば当面はスバルやスズキの車を利用することもOKするべきだ。いずれはベンツやポルシェも乗れるようにする。たとえば、北海道や東北のドライバーには夏はレクサス、冬はスバルの4輪駆動車を借りたいと思う人がいるだろう。ニーズはある。

 また、前記2つの条件とは別に、自動運転車の時代になれば自動的にサブスクリプションサービスを利用しようと思うに違いない。2つの条件は自動運転の時代になるまで、いかにサービスを向上させることができるかという会社の心意気と覚悟だ。

 サービス業はつねに顧客の立場に立って考えないといけない。そして、心意気と覚悟で商売に臨む。

 トヨタが完全なモビリティサービスの会社になるとしたら、それはコネクティッド、サブスクリプション、空飛ぶモビリティ、そしてトヨタが作る町「ウーブン・シティ」の4つがスタートして、それらが軌道に乗った時だろう。つまり、2025年からではないか。

■「生き残れるか」に直結

 トヨタがモビリティサービスの会社となるための商品が、空飛ぶモビリティとウーブン・シティだ。

 自動車業界の専門記者のなかには、この2つについて、「実験的な意味合いで商売にならないのではないか」と考えている人も少なくない。しかし、この2つをビジネスにするかしないかが、トヨタが生き残ることができるかどうかに直結する。

次回に続く

<著者プロフィル>
野地秩嘉(のじ・つねよし)|ノンフィクション作家
1957年、東京都生まれ。早稲田大学商学部卒。出版社勤務などを経て現職。ビジネス、食、芸術、海外文化など幅広い分野で執筆。著書に『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『高倉健インタヴューズ』『トヨタ物語』『トヨタに学ぶ カイゼンのヒント71』『スバル―ヒコーキ野郎が作ったクルマ』など多数。 『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞を受賞。プレジデントオンラインで「トヨタの危機管理」連載中。


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