見出し画像

「人の役に立つ」がトヨタの使命|『トヨタ物語』続編連載にあたって 第2回

■フェイスシールド作りは「本業」

 トヨタの力は、つねに新しい事業に進出することだ。新しいことを始めるには、考えなくてはならない。考えることが成長につながる。成長するためには企業も個人も、あらためてアウトサイダーの立場から新しいことに取り組まなければならない。

 思えばトヨタは元々、織機を作っていた。それが自動車に進出した。自動車を作っていたのが空飛ぶモビリティを製造したり、ウーブン・シティのような新しい町を開発することは、少しもおかしなことではない。トヨタは新型コロナウイルスが蔓延しているなか、マスクやフェイスシールドを製造した。医療機器を作るためにトヨタ生産方式も活用した。

画像1

 それは創業者、豊田喜一郎が「人の役に立つ」ことがトヨタの使命と考えていたからだ。喜一郎は関東大震災(1923年)で傷ついている人たちが避難したり、病院に行きたくとも交通手段がないのを見て、自動車製造を志した。自動車マニアだったから会社を興したのではなく、人の役に立つから自動車を作ったのである。マスクやフェイスシールドを医療現場に届けるために製造したのは、トヨタの本業だ。

■空飛ぶモビリティが販売店を救う

 空飛ぶモビリティは中距離移動のためのものだ。中距離移動のなかでもっとも往来が多くなるのは、空港と都市中心部との移動だとされている。日本で言えば成田空港から都心まで、韓国であれば仁川空港からソウル市内まで、ニューヨークであればジョン・F・ケネディ空港からマンハッタン、パリではシャルル・ド・ゴール空港からシャンゼリゼまでといった具合だ。

 こうした移動は慢性的な渋滞になっている。どこの都市でもタクシー移動で1時間以上はかかる。その時間を短縮しようと思えば道路を走るのではなく、もはや空を使うしかない。そこで、ヘリコプターによる移動手段もできてはいる。しかし、いかんせん料金が高価すぎて、使えるのは一部の富裕層だけだ。

 中距離移動の効率化としてトヨタが選んだのが「eVTOL」、電動の垂直離着陸機である。実際の開発はアメリカのベンチャー企業が行い、トヨタは製造についてのアドバイスと量産体制の構築を手伝う。

 2020年1月16日、トヨタは次のような広報発表をしている。

 「トヨタ自動車は電動垂直離着陸機(eVTOL)の開発・実用化を進めるJoby Aviation社と協業することで合意した」

 「Joby Aviation社は2009年に設立され、米カリフォルニア州に本社を置く。同社はeVTOLの開発に取り組んでおり、将来は空飛ぶタクシーサービスの提供を目指している」

 「トヨタは今回、Joby Aviation社と協業するにあたり、生産技術の見地で、設計、素材、電動化の技術開発に関わるとともに、トヨタ生産方式(TPS)のノーハウを共有する。最終的には、高い品質、信頼性、安全性、そして厳しいコスト基準を満たすeVTOLの量産化を実現する」

 垂直離着陸機とは滑走路がなくても離陸、着陸できる機体のことで、Joby Aviation社がリリースする機体はエンジン式ではなく電動のそれだ。

 外見は6つのローターを持ち、上昇する時はローターの回転で浮かび上がる。水平飛行の際はローターが背後へ気流を流して推進する。今のところ飛行士をのぞいて5人の搭乗が可能な機体となっている。

画像2


 トヨタがJoby Aviation社に提供するのは「自動車の開発・生産・アフターサービスで培った強み」。はっきりしているのは、トヨタ生産方式を生かして、生産性を向上させ、1ドルでも安く機体を作ることだ。

 電動の垂直離着陸機の開発はトヨタに限らず、世界中の航空ベンチャーが手掛けている。トヨタはカリフォルニアにある開発拠点からの情報で同社の事業を知り、安く作ることができれば世界各地で売れるものになると信じたのだろう。

 たとえば現在、成田空港から都心までヘリコプターでは15分程度かかり、料金はひとり3万円から4万円だ。開発したeVTOLでこれをひとり1万円以下にすることができれば人々は確実に利用する。

 また、トヨタは次のようなことも考えているのではないか。

 首都圏から成田空港までの間には数多くの自動車販売店があり、各販売店はある程度以上の広さのヤードを持っている。eVTOLがリーズナブルな移動料金でビジネスを始めれば、販売店のヤードは都市と空港間の中継所兼発着所になりうる。

 つまり、国内、海外へ飛行機で行く時、客は自分の車に乗って、自宅からもっとも近い販売店まで行けばいい。そこで、eVTOLに乗り継げば成田空港まで20分程度で行くことができるようになる。

 空飛ぶモビリティはトヨタにとっても、販売店にとっても新しい収入が生まれることになる。

■ウーブン・シティが変える「道路」

 トヨタは2021年の初めから静岡県裾野市で、あらゆるモノやサービスがつながるスマートシティの実証都市「コネクティッド・シティ」を着工する。

 裾野市にある東富士工場を閉鎖し、跡地で「Woven City(ウーブン・シティ 網の目のように道が織り込まれ合う街)」と名付けた町の開発をする。東富士工場はわたしも見に行ったけれど、東名高速のインターチェンジに近く、富士山が美しく見える場所だ。そこで人々が生活をする。

ウーブンシティ

 「生活のなかに自動運転、MaaS(Mobility as a Service 複数の交通サービスを組み合わせて最適に利用する仕組み)、パーソナルモビリティ、ロボット、スマートホーム技術、AI(人工知能)技術などが使われる。そうして実際の生活のなかでどれほど役に立つかを検証し、新たな価値やビジネスモデルを生み出す。
 初期はトヨタの従業員やプロジェクトの関係者たち2000名程度の住民が暮らすことを想定している」

 こんなことが同社ホームページに書いてあるけれど、本当に読み取らなければいけないのはここまでの情報ではなく、次に書いてある箇所だ。

「1)スピードが速い車両専用の道
 2)歩行者とスピードが遅いパーソナルモビリティが共存する道
 3)歩行者専用の道
 それらが網の目のようになった街を作る」

 一般の町とウーブン・シティのもっとも違うところは道路だ。

 現在、地球上にある道路は徒歩と馬車の時代に整備され、自動車が出てきたことで拡幅されたものが基本だ。そして、現在のような交通規則ができたのは自動車が普及してからのことだ。

 交通規則の根本的な原則は対面交通である。右側通行、左側通行を問わず、世界中の都市の道路はひとつの道路を2方向に走る自動車のために作られている。そして、対面交通である限り、正面衝突は起こる。

 たとえ自動運転が可能になったとしても事故を完全になくすことはできない。どんな機械もシステムも故障や不具合は必ず起こるからだ。

 むろん自動運転の前提は、ぶつからない車だ。たとえば、スバル車が装備している「アイサイト」はたいていの障害物を検知してちゃんと止まる。アイサイトのようなシステムをグレードアップして、障害物に対してぶつからない車を作ることは可能だ。

 しかし、ぶつからない車であっても、飛んできた鳥、投げられたボール、突っ込んできた人や車を避けることはできない。対面交通で、反対車線を走っている車が突然、ハンドルを切って突っ込んできたら、避けることはできないのである。

 大きな人身事故につながるような事故を起こさないようにするには車が発達したり、システムが進化するだけでは不可能だ。車だけでなく、道路の形態を変え、交通規則も変えなくてはならない。

 ウーブン・シティの目的とはそれだ。つまり、対面交通をなくすことにある。そうすれば落命するような交通事故は起こらない。そういう町は今、世界のどこにもない。

 自動運転、MaaS、パーソナルモビリティ、ロボット、スマートホーム技術、AI技術などの導入は手段だ。目的ではない。

 ウーブン・シティの目的とは事故が起こらない町で幸せに暮らすことだ。そして、自動運転やAI技術で他社に先んじることよりも、事故のない町を作ることの方がサービス業としては優れている。

 トヨタがモビリティサービスの会社になる第一歩は、ウーブン・シティの完成からだろう。

■「730」から世界各地へ

 ウーブン・シティの完成には、ひとつのヒントがある。

 1978年、日本は世界史上、一度しかない大きな交通革命を実現させた。当時、人口が97万人だった沖縄県において、一夜のうちに、自動車の対面交通を変えたのである。それまで同地ではすべての車が道路の右側を走っていたのが、一瞬で左側通行に変わった。

 「730(ナナサンマル)」と呼ばれる交通規則の大変更で、1978年の7月30日に変わったために、沖縄ではそう呼称された。

 戦後、沖縄はアメリカに統治されていたから車は右側を走っていたのだが、それを日本の交通規則に合わせて、真夜中に左側通行に変えたのだった。大きなシステムの変更だったにもかかわらず、大事故は起こらなかった。渋滞が発生したり、交通指導員が車に撥ねられたり、車同士の接触事故はあった。しかし、正面衝突のような大惨事はなかったのである。

 日本はかつて、それだけの大きなプロジェクトをやることができたのだから、知見を集めればウーブン・シティはできる。道路と交通規則を革新する町になりうる。ウーブン・シティの目玉は新技術ではなく、いかに事故のない安心で安全な町を作ることができるかという実験だ。

 もし、そうしたことができれば、ウーブン・シティは新しいトヨタの製品として日本の各地と世界各国にそっくりそのまま販売することができる。自動車製造よりも規模が大きく、かつ成長性のある新事業と言える。

■「現地現物」の真意

 noteで始まる『トヨタ物語―ウーブン・シティへの道』は以上のような内容になる。

 前作『トヨタ物語』とは違い、トヨタの現在とこれからについての物語だ。そこには共通するものがある。それがトヨタ生産方式だ。トヨタの仕事にはつねに同方式と「カイゼン」と原価の低減がついてまわる。

 流れをスムーズにして、「ジャスト・イン・タイム」で仕事を遂行する。不良品を出さないよう「自働化」する。少しずつ現状を変えようとカイゼンを重ねる。そうして、原価を低減させていけば仕事は赤字にはならない。

 そして、彼らは必ず「現地現物」で評価している。現地現物で彼らが注視するのは仕事の成果ではない。成果を見て、満足するために現地へ行き、現物を見るわけではない。

 現地現物とは、みずからの弱点や足りないところを見に行くことだ。個人のことに換算すれば自分の至らないところ、みにくいところを直視することができるかという勇気の問題だ。

 自分のいいところばかりを見ていたら、カイゼンにはならない。現地現物とはただ旅をして、現地へ赴くという意味ではなく、自分の弱点を認識するための勇気を持てるかどうかという話なのである。

 実は、わたしが『トヨタ物語』を書こうと決めたのは、あるきっかけがあったからだ。それは本を読んだり、耳で聞いた話をまとめるだけでは、この本は書けないとわかったからだ。

 「現地現物で理解しなければ書けない」

 それがわかったのは当時、同社の社長だった張富士夫に出会ったからだ。

 話は2003年にさかのぼる。

(文中敬称略、次回に続く)[写真協力:トヨタ自動車]


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?