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変わらなきゃ


昨日「クローズアップ現代」を見ていたところ、
バーチャルオフィスの進化について話していた。

一見するとゲームの世界のようで
(もちろん仕事は仕事なんだろうけれど)
普段ゲームを全然しない自分でも
とても面白そうに見える。

自分は結構なアナログ人間だけれど、
(年に紙の本を100冊近く買って、新聞購読もしています)
こんな奇妙な状況が1年半も続いてみると
さすがに今日び基礎用語化している
「DX」へのアレルギーもなく、
「こんな仕事のしかたもよさそうだなぁ」
と思ってしまった。

「友達と(リアルで)会いたい!」
「旅行行きてー!」という願望
(とそれが叶わないことへのストレス)は一旦さておいて、
今できる範囲で日々を楽しむ方向へシフトしないと
いい加減キツイな…と思い始めていたところ
(=精神的に弱っていたところ)を
見事に突かれた、ような。


…そこから遡ること何日か、
「ART&COPY」コース
3回目の講義が終わった。

課題については
細かい話は差し控えさせて頂くが、
アート生&コピー生のコンビで
企画を立てるというものだった。


全課題への講評の中、
講師である阿部広太郎さんが
とあるチームのターゲット設定を
高評価されていたことを見て、
はっとした。

人様の作品かつ
現状オープンにできない内容なので
細かいことは書けないけれど、
要はそのターゲットの中に
自分は当てはまらないので、
その視点がいかに素晴らしいものであるかを
すっかり見落としていた…という話。

敬愛する岩崎俊一さんの
コピーを引用させて頂くと、

「人は健康な時に、
 そうじゃない自分を
 想像するのが、
 なんて苦手なんだろう。」

ということになる。


「ART&COPY」コースは
「作り手」としてもそうだけれど、
「審査員」としての目を育てることも
重要視していて、
各チームの提出物から
3つの「推し」を選んで理由を書くことも
課題となっている。

その状況において、
自分はとにかく「客観視」が苦手。
気づけば個人的な視点でばかり審査している。

個人的視点が無意味とは思わない反面、
視野が狭いと審査の公正さを欠いてしまうし、
大問題。


そして、その「客観視」を支える上で重要な
「『今』を考える」ことも苦手。

おそらく幼少期から
「流行りものより長く好きでいられるものを」
という趣向だったからか、
時代性みたいなことにあまり関心がない。

しかし、課題でも公募でも
そして何より仕事でも、
「今」への意識がないものは
まず評価されない。

それに、自分が望むところである
「とんでもない普遍性」を発見できたとしても、
それは対に「今」があるからこそ
評価できる、ということもある。


……これまで「今」について
あまり考えないで来た人生ではあるけれど、
とにかく極端な世の中になったことで
嫌でも考えざるをえなくなった。

客観性があって公正な視点、
そして「今」への意識を身につけるには、
まさに今が絶好のタイミングなのかもしれない。
そんなことを考えた第3回でした。

自分たちの提出物については
まだ終わったとは思っていないので、
(みんなそうですよね!)
いずれのお話とさせて頂きます。

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